N.C.24年 3/21日 20:59 日本国 北海道矢臼別演習場南部 外域防衛線 R(ロメオ)35敵陣
進軍を開始した『レイ』と『ビースト』は、すぐにARUルーシ軍の警戒線を形成する一群に遭遇した。 [偵察小隊…かな?『メガセリオン』、ターゲット排除。] TA-5Aをライフルで撃ち倒しながら、リイチは敵の戦力を測る。 [偵察小隊が2つ、それに…火力支援か、対戦車ミサイルを装備した小隊が一つ。どうだ『オーラム』?] 分析しつつ、ナックルガードに内蔵された25mm単装砲で牽制しながら、素早く距離を詰めたジオの1式Hが左腕で腹フックを決める。完全に機能停止したそれを無造作に蹴り飛ばして、ジオはアマガネに状況を確認した。 [反応が4・4・4で配置とESMを見るに合ってると思います、『ギガント』。今、前衛の4機目がダウン。] レーダーや各種光学系センサー、そしてデータリンクから得られる様々な情報を統合・分析しながら、アマガネは状況を整理して答える。 [『セレスタ』、ターゲット排除。敵後衛にフォーカスします。] アマガネが言った4機目をまさに今、撃ち倒したカイラが、照準を敵陣後方のミサイル部隊に向けて報告を上げる。 [『ギガント』、こちら『パンテラ』。方位0-3-8から接近する集団を確認。現在、リターンショット(応射)で牽制中。] センサー情報をデータリンクで共有させてシヤマが報告する。俄に無線に緊張が走るが、しかし取り乱すような事は無かった。…素人且つ未成年の3人ですらも。 [『レイ』へ。『ビースト』各機で対応します。『ドリュアス』は先行して『パンテラ』を支援。『ダイアウルフ』は『メガセリオン』と共同でバトルラインを形成し敵増援の流入を防ぐ。返事は。] [『ドリュアス』ラージャ!『パンテラ』を支援します。CASパターンで対応!] [『ダイアウルフ』ラージャ!ブーストダッシュで急行する!] リイチが素早く二人に命令を下し、リキとガイホウも直ちに行動を開始する。 飛行型F2を駆るリキがシヤマ機の上空に素早く移動すると、空からサブマシンガンを撃ち下ろして敵の動きを鈍らせる。そうして時間を稼ぐ間に、背中に ジェットパックを背負ったリイチとガイホウの機体がエンジンを吹かして飛ぶように走り、あっという間に敵増援集団の前に立ちはだかるって進路を塞ぐ。 [『ギガント』、こちら『ブラストル』。俺達はどうします?] [『ブラストル』、誠に遺憾ではあるが我々はこのままだ。こちらの敵はまだ戦闘を継続している。…、一気に畳むぞ!] [『ブラストル』ラージャ!クソッタレどもを食い散らかします!] 滾る感情を露にするハスギに対し、ジオは氷のように冷たく言い放つ。だが、その表情は憤怒で醜く歪み、数多の深い皴を刻んでいた。 そんなジオの二律背反を知ってか知らずか、ハスギは反論する事もなく素直に付き従う。 [『ビースト』、こちら『オーラム』。情報解析の結果から、増援は敵のQRF(急速反応部隊)一個小隊と判定。敵はTA-7を装備。注意されたし!] [『オーラム』、情報に感謝。但し、TA-7程度は鎧袖一触であると言わせてもらおう!] アマガネの警告に対し、リイチはその実力をもって応えた。斥力場の見えない壁が敵弾を悉く受け止め、その運動エネルギーを奪って墜落させる。困惑する相 手に右肩の6連装120mmロケット砲を2発撃ちこんだ。対戦車擲弾にブースターを付けたこの兵器は、機体の火器管制装置(FCS)によって弾道計算され て、敵に大ダメージを与える事が出来る。 同時交戦機能(マルチロックオン)で捕捉された2機のTA-7が直撃を受けて倒れ伏し、そこへ追い打ちとばかりに掃射されたライフルの30mm弾が降り 注ぐ。他の2機が怯んだ隙に横合いから懐へ潜り込んだガイホウ機がナックルによる格闘攻撃で的確に急所を攻撃し、そこに空からリキ機がサブマシンガンの弾 を降らせる。 宣言通り、QRFとして送り込まれた4機のTA-7は2分ともたずに壊滅した。リイチ達はその場に居座り、更なる敵の動きに備える。 […。] 目の前の敵-TA-6(テー・アー・シャスチ)-を叩き伏せて、ジオはハッキリと痛感していた。 寺崎リイチがどれほど異質な存在なのか。 そして、『兵器の性能差を人間の技量で補う』という事が、どれだけ非効率的なものなのか。 歯軋りしそうになる自分を胸の内で叱咤し、ジオは全員に合流を命じる事にした。しばらくはここに居座って敵の反応を伺い、可能であれば前進を続ける。それが今、自分達がやるべき事なのだ。 |
N.C.24年 3/21日 21:06 日本国 北海道矢臼別演習場南部上空(低高度) 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 CDC
照明を戦闘態勢の暗色に切り替えたCDC内で、指揮を執るタイザンは戦術デスクのタッチパネルモニターを操作し、各地の戦況報告やデータリンクで送られてくる情報をつぶさに確認していた。 その横で、ソウガは各オペレーターからの細かい質問に答えて、現場を調整している。 「『レイ』及び『ビースト』、R35エリアで交戦を継続中。敵は周辺から戦力を引き抜いて穴を塞ぎにかかっています。」 「ブラックホールに砂粒を放り込むような愚行だな。」 ロメオ35。リマ34防衛エリアの右隣に設定された敵の陣地に二つ横並びで表示されるF2小隊を示す記号と、その周辺で確認された敵部隊を指で示しながらソウガが言うと、タイザンは大袈裟に鼻を鳴らしながら僅かに笑ってみせた。 「しかし中将、寺崎特佐の体力の問題もありますから、頃合いを見て後退させませんと。」 "人の身にて神力を操る"青年の、"人の身"を案じながらソウガが忠告する。タイザンは冷たい眼差しで戦術デスクに表示される地図と記号を睨め付けながら頷いた。 「無論だ。ガンブ、『ベア3』の状況はどうだ?」 ロメオ35の隣、リマ34防衛エリアに表示されている機甲戦闘隊、コールサイン『ベア』第三小隊の記号に視線を移して、タイザンは傍らに立つ自身の息子に問う。 「は。『ベア3』は損耗率3割に達していましたが、既に急行した『マウント1』の輸送ヘリ隊が合流。補給と修理作業が進行中。あと20分以内に、作戦能力を完全回復する予定です。」 手元の端末を素早く操作し、最新の情報を読み上げるガンブに頷いて、タイザンは思案する。 「平押しで行きますか?」 地図を俯瞰してソウガが問う。平押し、つまり全軍を並列に前進させるのか、と。突出した点が確保できている現状では、それを起点に細かく浸透・分断・包 囲する戦術が有効である事は、第一次世界大戦の帝政ドイツ軍が証明している。だが、これまでの防御・遅滞戦闘で疲労が蓄積した我々に、それが出来るだけの 余力が残っている部隊は少ない。その部隊に負担を押し付ければ済む話ではあるが、問題はその部隊が2個小隊に満たない規模で、司令部の懐刀である…という 点だ。万が一があれば、許容できない損失が発生する事は想像に難くない。 「…そうだな。各隊の損耗を見た上で、必要な補給・補充等支援を行ってくれ。準備が整い次第、前進を命令する。」 いい加減、攻勢に出たいと思ってしまう己の未熟を恥じ入りながら、タイザンは命令を下した。 「参謀長。この時間を活かして、敵に対する偵察を提案します。」 司令官でもある父親の顔色をチラチラと伺いながら、ガンブがソウガに進言すると、タイザンとソウガは目を丸くして顔を見合わせた。 |
N.C.24年 3/21日 21:20 日本国 北海道矢臼別演習場南部 外域防衛線 R(ロメオ)36敵陣
砲撃に薙ぎ倒された木々を跨ぎ、ジェットパックによるロングジャンプ移動で跳ねまわりながら、リイチ率いる支隊『ビースト』の2機が敵陣を奥へと進む。 既に先程までエリアR35での戦闘により、右隣のR36はガラ空きになっているようだ。地上を跳躍移動する2機の頭上で、空を飛ぶリキのTF-1FLSが 広い視野と優秀なセンサー群を活かして目を光らせているが、先ほどから何も言ってこない辺り、本当に周辺には何もいないのだろう。 [何事もなく無事、トライ成功。ウェイポイント『インディゴ』クリア…と。マ〜ジでなんもいねぇな、ボス?] 所謂『ゴールイン』の一種を意味するラグビー用語を交えた軽口を叩きながら、ガイホウ君が進行状況を報告する。ついでに、退屈そうな愚痴も添えて。お父さんに聞かれたら怒られない?それ。 「敵の予備兵力は一時的にせよ払底している。事前の航空偵察と戦術予測通りだよ。『ドリュアス』そっちは?何か見える?」 『ボス』と呼ばれてちょっぴり気を良くしながら、上空を飛んでいるリキにも尋ねてみる。実の所、『リュウゾウ・オネシロ』のCDCに設置された司令部か らこの偵察任務を下命された時から、まぁこうなるだろうとは思っていた。R35で並みいる敵を常識はずれな速度で千切っては投げしてたから、敵の部隊再編 や前進はまず追い付かないだろう…と。 [『メガセリオン』、な〜んにも。光学・熱源・レーダー、全部反応無ーし。次はもうちょっと半径拡げて旋回してみるけど、多分なんもいねーと思うー。] 「了解。旋回時は気を付けてね。正直、敵に遭遇する確率はかなり低いから、そっちはあまり期待しないで頂戴。」 心底暇そうな弟を労いつつ、油断からヘマだけはしないようやんわり宥める。 実際の所、この状況では寧ろ後方のR35の方が敵との遭遇率は高いだろう。突出部の後方に戦力を投入し、分断して孤立した先端部を包囲殲滅する。第一次 世界大戦以来、電撃戦やそれに準ずる機動力を活かした戦術へのカウンターとして定番となった戦術。それを敵が躊躇する理由は薄い。 今この瞬間も、敵は周囲の戦線から部隊を少しずつ引き抜いてはR35に対し攻勢をかけているだろう。それに、たとえ私達がR36へ侵入していると気付いていたとしても、戦線の穴を放置する事の方が余程問題だ。戦線の綻びは容易に広がってしまう。そうなれば… ["フラッシュ"『メガセリオン』。R25と45から、計2個小隊程度のF2がR35に向かって移動中。指示を乞う。] リキの"フラッシュ"-「急を要する状況変化」を意味するC.E.L.L.の符丁-で、思考を現実に戻された私は、即座にデータリンク情報を確認する。R35の南北から、挟み込むように1個小隊4機ずつの増援が、R35に居座る『零群』目指して移動を開始している。 「了解。正確な座標は…移動してるからトレース困難、それなら面制圧で少しでも削るかね〜…っと。『ロサリオ』、『ロサリオ』、こちら『ビースト』。」 敵は移動していて、森の中を進んでおり空からのレーダーも断続的にしか捉えられず、精密攻撃は困難だ。となれば、榴弾砲のもたらす"面"の火力で蹴散ら す方が楽だろう。都合良く、こちらには性能不足から若干持て余し気味の105mm榴弾砲を装備する部隊がいる。彼等を使ってあげよう。RPO加盟各国の心 象が少しは改善するかもしれないし。 [『ビースト』、こちら『ロサリオ』。ナイスタイミングです。今なら速達無料ですよ。] お、これはもしや、陣地転換直後を上手く引き当てたかな?やる気十分なRPO常設軍の0式部隊通信手の軽口に思わずニンマリしてしまいながら、私は務めて平静に振舞う。 「『ロサリオ』、それは何より。R25の北方とR45の南方に、移動中の"お届け先"だ。データリンクで赤外線監視画像を送るので、"配達員(砲撃手)"を2人ずつ割り当てて"ホテル・エコー(HE:榴弾)"を各1クリップずつ配達をお願いしたい。」 [『ビースト』、"コンファーム(確認する)"。データリンクで現在受け取っている、R25ノース、R45サウスの移動するお届け先に各2人の配達員、"ホテル・エコー"を各員1クリップずつお届けで間違いないか。] 「『ロサリオ』、"アファーム(その通り)"。速達でよろしく。」 [『ビースト』、"ウィルコ(仰せのままに)"。到着確認で再度連絡する。『ロサリオ運送』をどうぞご贔屓に。オーバー(交信終了)。] さてさて、暇を持て余すかと思ったらやる事が舞い込んできて退屈せずに済みそうだ…なんて罰当たりな事を考えつつ、私はすぐに無線の交信先を切り替えて上空のリキを呼び出す。 「『ドリュアス』、こちら『メガセリオン』。ターゲットをIRカメラで監視継続。オーバー。」 [『ドリュアス』ラージャ!] さーて、それじゃあ私達は花火を楽しもうじゃないか。 |
N.C.24年 3/21日 21:23 日本国 北海道矢臼別演習場南部 外域防衛線 L(リマ)33 『ロサリオ』アルファ陣地
リイチから砲撃要請を受けた、RPO常設軍日本駐屯部隊(RPO-STAFOR:JP)の砲兵小隊『ロサリオ』は、直 ちにデータリンク情報を砲撃コンピューターへ接続・連携させて、1・3番機と2・4番機がペアを組んで南北の目標に担当を分け、速やかに準備を済ませてい た。 依頼された発射弾数は1クリップ。FAU105(ファウ・ワンオーファイブ)可搬式榴弾砲は、17発装填のマガジンボックスを備えている。これは火器管制システム側で8発を1クリップとして分けられており、1発の予備弾を除いて2クリップ分が装填されている事になる。 野戦における砲撃とは、正確かつ素早い連続射撃と迅速な移動・陣地転換の繰り返しを競う戦いであり、劣った側は敵砲兵の反応射撃で吹き飛ばされる。故に 継続した砲撃は基本的に困難であり、その意味でリイチは実にタイミングが良かった。移動中であれば、陣地展開が完了するまで待たねばならず、或いは砲撃直 後に要請しようものなら「前線部隊と砲撃部隊、どちらを生かすか」の選択を迫られる事すらあるのだ。尤も、現在のリイチにそんな権限は勿論ないが。 折り畳み式の脚を展開し、めり込むほどしっかりと接地 した台座の上、旋回式砲塔に取り付けられたキャリングハンドルをF2の腕で直接操作するという割と力技な構造をしているFAU105は、機体側の砲撃コン ピューターと連動する腕によって水平方向の角度、方位角を定められると、機体から受け取った縦方向の角度、即ち仰角を算出して砲身を持ち上げる。 データリンクで送られてくる赤外線監視画像は遠めでやや不鮮明だが、榴弾砲による面制圧には支障ないレベルの物だった。砲撃コンピューターがF2の腕と榴弾砲の制御を統括し、移動する目標に対してコンマ秒刻みで方位角と仰角を修正している。 そうして、4機全ての用意が整ったところで、無線越しに小隊長から砲撃開始の号令が発せられると、4基の105mm榴弾砲が一斉に火を噴いた。轟音と白煙がリズムを刻み、衝撃が地と木々を揺らす。 FAU105が1クリップ、8発を発射するのに要する時間は40秒。5秒に一発の速度で猛然と恐ろしい火力を撒き散らす。 砲撃中、小隊長に別の支援要請が入電し、必要なやり取りを終える頃には、既に砲撃は完了していた。即座に次の砲撃目標を指示し、撃ち終えたら即座に次の陣地へ移動を開始するよう全機に伝える。 その頃には既に最後の8発目が着弾直前で、小隊長は慌ててリイチにその旨を通信するのだった。 |
N.C.24年 3/21日 21:25 日本国 北海道矢臼別演習場南部 外域防衛線 R(ロメオ)36敵陣
「IR画像でお荷物の配達を常時監視中。報告に感謝する。た〜まや〜!オーバー。」 [か〜ぎや〜!って、イチ兄「た〜まや〜」まで通信したんかい!] [おーおー、派手に吹っ飛んどる、吹っ飛んどる。] リキが撮影している赤外線画像を生中継で見ながら、私達3人はすっかり花火大会の見物客状態になっていた。画面の向こうでは、白い花火が地上付近で花開く度に木々が吹き飛び、地形は抉れ、敵は四肢をもぎ取られて倒れ伏していく。いやぁ、実に面白い見世物だねぇ。 [んでこいつら、TA-5か?叔父貴の部隊ならそのまま通しても良かった気もすっけど、まぁ敵減らすに越した事はねーか。ねぇ、ボス?] おそらく、倒れた敵を矯めつ眇めつ観察してようやく気付いたのであろうガイホウ君が、呟くように訊いてくる。あらまぁ、ようやく敵の機種に気付いたの?などと偉そうなことを思ってみたり。 「叩ける敵をさっさと叩いて、相手にひたすら出血を強い続けるのが防衛戦闘の基本だからね。」 そう。そうやってこっちの余裕を拡げつつ相手の余裕を奪い続ける事で、いずれ攻守は逆転する。持久戦とはそういうものだ。まして、今回の戦場は…否、今 回の戦場"も"こちらが数的不利であり、火力も劣るというクソみたいな状況なわけで。猶更大急ぎで敵に大量出血させて攻守を逆転させないと、いつまでも不利なまま、擦り潰されるまで負け戦を強いられる。全く、冗談じゃないっての。 ["フラッシュ"『メガセリオン』。敵のカウンター砲撃を確認。発射位置はR46・56の2地点。] リキが迅速に報告してくれる。まぁ、撃ち返してくるわな?それがこちらの狙いでもあったんだけど。 「『ロサリオ』、こちら『ビースト』。敵のカウンターを確認。至急退避せよ。繰り返す、大至急その場を離れろ。返事は不要。」 警告は入れてみたけど、多分もう移動準備に入ってただろうから余計なお世話だったかな。まぁ、やらないで死ぬほど後悔するよりは、やって恥ずかしい思いする方が100倍マシだから良いけどね。さーて、それじゃあですよ? 「お仕置きに行きた〜い!美味しそうな敵砲兵ぶっ殺した〜い!というわけで、『ファフニール』、『ファフニール』、こちら『ビースト』。」 ちょっと覇馬中将、ゴリ押ししたい強襲作戦があるんですけど〜? |
N.C.24年 3/21日 21:29 日本国 北海道矢臼別演習場南部上空(低高度) 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 CDC
[それでっ、許可を…行かせたというのですかっ!貴方は!!] 直通回線の向こうから、信じられないほど激高した継息子の怒鳴り声が響く。その音量たるや、ヘッドセットから漏れ出すほど。余程頭に血が上っているらし い。『零群』専属オペレーターの白江渡中尉は最早恐怖で顔面蒼白だ。それでもジオの最後の矜持だったのか、彼女に当たり散らすような事はせず耐えていたよ うだ。ガンブに彼女のケアを任せて席から遠ざけ、ヘッドセットを受け取り私が出た途端、一気に沸騰した。 『父親への甘え方』という物をようやく体得してくれた継息子の、人間的成長が見れて私は感無量なのだが、向こうはそれどころではないだろうな。そもそ も、支隊『ビースト』を『レイ』から切り離して威力偵察に向かわせるよう命令した時から様子がおかしかった。恐らく、必死に怒りの感情を処理してたんだろ う。 「そうだ。彼の立案した作戦は極めて妥当な物であり、膠着状態の打開策として十二分に期待できると評価した。これは、参謀長以下幕僚達にも確認している。」 平静を装って、敢えて冷酷に、酷薄に聞こえるように努めて答えを返す。こう言われれば、今のジオならきっと… [義兄上まで…っ!ならば、我等と彼等を交代させてください!R35は現在、状況が安定して…] 「ダメだ。R35が敵の重点攻撃目標になっている事は明白だ。今は静かだろうが、すぐに敵の増援が南下してくる。お前達はそこを死守しろ。」 …思ったよりも取り乱している。これは期待以上の成果だ。エレメント症候群による感情の欠落が外的要因により補われているとハッキリわかる。成程、エレメント症候群の医療用語で『運命の出会い』と呼ばれる物があったが、これの事なのか。 [っ、ならばせめて吾が支援として合流する許可を!R35は『零群』4名で…] 「それもダメだ。お前の機体では彼等に追い付けん。浸透強襲作戦に鈍足機の居場所はない。」 […グッ…ガルル…ッ!] もはや余裕がないどころか本能まで剥き出しになりかけている継息子の姿は本当に美しく、感動的だ。あの病気のせいで生まれてこのかた、感情のようなものを殆ど見せなかった継息子…我等が恩師の忘れ形見。嗚呼、師匠(せんせい)、見ておられますか? 「リスクは取らせん。可能な限りの支援態勢を準備している。それに、寺崎四兄妹のうち2人が揃っている。そして片方は最強の長兄。戦力評価は『零群』よりも遥かに上だ。無用な心配などせず、任務に集中しろ。以上だ。」 [グルッ…ガルゥ…ッ!…了解…しましたっ!] ブツリ。それっきり無線は切れてしまう。向こうで部下に当たり散らしてなければいいが…いや、ジオに限ってそれはないな。アイツはああ見えて、プライドの塊。怒りに任せて手当たり次第に当たり散らすなど、それこそ死んでもやらんだろう。 …さて、実はこの瞬間から、私は私で物凄く忙しくなったわけだが…。 「ガンブ。すまないが、第三世代以降のF2で可及的速やかに調達できそうな、出来ればお前の継兄弟(あに)に相応しい機体を探してやってはくれまいか。私の権限とコネ、ついでに土下座くらいなら条件に付けて良い。」 離れた所で"彼女"を椅子に座らせ、優しく慰めていたガンブに声をかけると、目を見開いて此方を見つめ、それから最高の笑顔で我が息子は答えてくれた。 「お安い御用です、父上。これが終わったらすぐに候補をお見せしますよ。」 |
N.C.24年 3/21日 21:36 日本国 北海道矢臼別演習場南部 外域防衛線 R(ロメオ)46敵陣
敵の砲兵隊を叩くべく、ロングジャンプで迅速に北上した私達は、その甲斐あってか敵の後方警戒線に引っかかる 事無く敵砲兵陣地に辿り着くことができた。勿論、敵の砲兵はカウンターの砲撃をした後即座に陣地転換しているので、ここにはもういない。…だが、地面に刻 まれたF2の足跡は沢山残っている。それに… [『メガセリオン』、こちら『ドリュアス』。敵部隊を発見。新たな陣地を確保しているものと…] 「対空攻撃が無さそうならそのまま仕掛けてよし。『ダイアウルフ』、我々も移動する。」 [『ドリュアス』エンゲージ!] [合点承知!跳ぶぜぇっ!] リキは「対空攻撃の有無」を報告もせずに交戦宣言しちゃうし、ガイホウ君も言うが早いか跳び出しちゃうし、やれやれ、引率も大変だなぁ。…ガイホウ君は年齢1〜2歳しか違わない筈だよね? 閑話休題。 私もジェットパックを噴かし空高く跳躍すると、敵の行く手を阻むようその進路上へと舞い降りる。ジェットパックの垂直噴射でゆっくりと降下し、ミシ…と地面を踏み鳴らして着地。敵の眼前で見せつけるようにライフルを構える。 「『メガセリオン』エンゲージ。」 宣言と同時に、トリガーを引く。実際には、ライフルは機体のFCSと接続されており機械式のトリガーは存在しない。私とシンクロした機体のコアクリスタルが、FCSに発射命令を飛ばしつつ私には引き金を引いた感触を返しているだけ。 尤も、そんな機構的な話など、結果には関係ないわけで。CUBR30(クーブル・サーティ)は正常に機能し、30mmのAP弾は問題無く発射されて、命中した敵は全身をくねらせて踊った挙句、地に伏した。 今回はARU製の砲撃型F2、GM-1(ゲーエム・アジーン)の部隊か。旧式だけど、信頼性が高くて今でもあちこちの軍隊が使ってる機体だ。見た目はゴツいけど、これは安価な低質FIREM(繊維樹脂筋肉)を沢山使ってるからで、実の所、装甲は12.7mm重機関銃への抗堪、最も硬い場所でも20mm機関砲に耐える程度と、F2の基準で言えばほぼ無いに等しい。 で。私達が到着する前におっぱじめたリキが結局2機撃破して、私とガイホウ君が1機ずつ撃破。敵砲兵小隊全滅と。 R56は流石に、私達では間に合わないから『リュウゾウ・オネシロ』搭載の航空隊にお任せした。というわけで、またも手隙になっちゃったわけで。取り敢えず報告しなきゃ…って、通信? [『メガセリオン』、こちら『ファフニール』、応答せよ。] 「『ファフニール』、こちら『メガセリオン』、報告する。R46の敵砲兵小隊を殲滅した。失礼、要件をどうぞ。」 |
N.C.24年 3/21日 21:54 日本国 北海道矢臼別演習場南部 後方陣地 R(ロメオ)36 奪還済エリア
「リイチ!」 猛獣の咆哮のような怒号が、空気と私を震わせる。ヒッ、な、今の声ってジオさん…?っと、作戦行動中だから、尾根白中佐だ。あれ、でも中佐は今、「リイチ」って…? 「は、はい!?何でありましょうか、尾根白中佐!」 あの通信で友軍の前進開始と、前線がR40番台まで押し上げられた事を知らされた私達は、補給と休息の為R36エリアに後退していた。途中、入れ替わりに『ベア』第三小隊が前進していくのを見送って、ホッとしたのも束の間。 ズンズンと地響きすら感じさせる勢いでこちらに向かって競歩で迫り来るジオさんの姿はめっちゃ怖い。何故に怒っておられるのですか?って、ちかいチカイ近い!ほんの数cmしかないほどまでやって来て、頭上から真っ直ぐに私を見下ろしている。え、何、私…死ぬの…? 「すまなかった!不甲斐ない吾を、どうか叱咤してくれ!」 ズザァッ!と大きな風音が鳴る程の勢いで、ジオさんが垂直に落下した…じゃなかった、立膝をついてしゃがみこんだ。頭を深々と下げ、尻尾は腰から真っ直ぐ下に伸びた後、自分の体を守る陣のように地面で大きな円を描いている。 社会科学習で獣人の勉強をした時の事を思い出す。ネコ科獣人は謝罪をする時、まるで身を守るように尻尾で円を描くらしい。これは、元々のネコ科動物の習 性として、「緊張やストレスを和らげ、自信を安心させる」為のものであり、獣人としての彼等の文化では、"相手に対して畏れ・畏敬に慄いている"事を示 し、屈服の印として最上級の姿勢とされている…んだったかな?確か。 「ど、どうしたんですか、いきなり。何事ですか?」 あまりにも突拍子の無い展開に全く頭が、理解が追い付かない。このヒトは一体、何をこんなに悔やんで…って ――― あ゛。 「も、もしかして〜、私達…っていうか私が威力偵察の任務でジオさんの傍を離れちゃった事に…関係あったりしm」 「身辺警護を仰せつかった身でありながら、機体の更新を怠り致命的な能力不足を露呈した結果、警護対象であるリイチの身を最前線に置かせてしまう醜態を晒してしまった!どうか、どうか吾を叱責した上で、挽回の機会を与えて欲しい!本当に、すまなかった!」 …。どうしよう?いや、フォローして取り敢えず謝罪も後悔も不要だという事をご理解頂きたいのだけれど、これまでの彼を振り返るに説得は極めて困難なん じゃないかと心底思ってる。じゃあ、彼の望み通りにするのかと言うと、咎の無い人が叱責されるのは見るのも嫌、自分がそれに叱責する側として関わるなんて 以ての外だ。冗談じゃない。私はそんな下郎に身を窶すつもりなんて毛頭ございません。 …やっぱり、地道に説得するしかないかぁ。 「えーと、ジオさんは、アルマフト統合軍遠征部隊(AJEU)の司令部から、『身辺警護』の任を受けたんですよね。」 先ずは、状況を整理して落ち着いてもらおう。ジオさんが『身辺警護』の任務を受けたのは、RPO仙台基地で初めて私達が出会った日の筈だ。私の目の前で、彼はその命令書を受け取っている。 「そうだ。覇馬中将、志道准将、大島大佐の連名で推薦され、司令部の承認を以て任命された。にも拘わらず…」 「なら、ジオさんに負うべき責はありませんよね。司令部が私を遠ざけるような命令を…『先の物と相反する命令』を下したんですから。」 私達『ビースト』に威力偵察を命じたのもAJEUの司令部だ。少数かつ機動力があり、最も戦力評価が高い部隊として私達が選出された。そして同時に、 『レイ』にR35の確保と維持を命令したのもAJEUの司令部だ。つまり、私の身辺警護をジオさんに命令しておきながら、部隊単位ではそれと真逆の命令を 下している。ならそれは、AJEU司令部の命令がおかしいという事になる。ジオさんは命令に従っただけだ。 「命令に関して言えばそうだが、そこに至るまでの意思決定に吾の能力不足が…」 「ジオさんの『機体の』能力不足、でしょう?いつまでも旧い機体を使い続けている点については、私もいささか閉口しましたけど。…部隊の構成を見るに、ジ オさんだけ更新されなかったとは考え難い。…提案されても断り続けてたんでしょう?ハスギ大尉が乗ってるMB6A2、アレだって本当はジオさんが受領する 筈だったんじゃありませんか?」 素直な感想。自罰的になってる彼を落ち着かせるには、事実を列挙して向き合ってもらう方が良いだろう。その中に、彼が望むような「自分の問題点」が見つかったとすれば、ジオさんはきっとそれを直視してキチンと改善してくれる。 「…! そこまで…わかるのか?それとも、知っているのか?」 目を見開いて、ジオさんが呆然と呟く。 「見ればわかりますよ。こう見えても、中学の頃から国際政治の会議を渡り歩き、第2.5世代以降でF2の研究・開発もしてきたんです。米国がアルマフトにMB6A2を譲渡した理由も、尾根白家との政治的繋がりを期待してたんでしょうに。」 両親が亡くなって以来ずっと、私は寺崎家の…"私達"の生活を守る為に、この身をRPO三大国に切り売りしてきた。 RPOの国際会議は欠かさずに出席しているし、日米有三ヵ国のF2開発に協力し、結晶生命体(クリスタリアン)の研究にも打ち込んで…。だから、わかる。各国の思惑や、政治的駆け引きが、なんとなく。 「っ、吾は…っ」 「ジオさん、尾根白家の名声がどうあれ、貴方は貴方です。家格がどうとか、実力がどうとか、他人がどう見るかとか。気になるのはわかりますけど、それでも 自身の能力を常にベストに保つのが『軍人』というものではありませんか?F2は道具ですが、その進化速度はどの兵器よりも早いものです。舐めてかかると大 怪我しますよ。今みたいにね。」 私も屈んで、ジオさんと目線を合わせる。…中腰の姿勢になるから地味に辛い。でも、言いたい事は言ってしまおう。伝えたいことは伝えてしまおう。もしか したらそれは、相手のプライドを傷つけるかもしれない。でも、言わずにいて彼が苦しみ藻掻く姿を見続けるのは嫌だ。それならいっそ、嫌ってもらった方が私 も割り切れて、心配せずに済む。 「…すまない…っ。」 深々と頭を下げ、絞り出すようにそれだけ言って、ジオさんはすっかり項垂れてしまった。やはり、ズバズバと言い過ぎただろうか。 …何かフォローを…と口を開きかけた所に、遠くから聞こえるサイレンの音。…空襲警報!? [アラート、アラート!網走市郊外から、飛来する物体8!総員防御、総員防御!] 「っ!」 『リュウゾウ・オネシロ』のCDCから、無線で発せられる警報(アラート)。 跳ね上がる勢いでジオさんが私にとびかかり、押し倒し、全身ですっぽり覆い隠して庇う。条件反射であろうその行動に驚きつつも、私は私でやるべき事に思考を集中する。 「リパルサー・フィールド!」 手を伸ばして方向や大きさを展開するイメージができないので、両手を組んで"祈り"のイメージで小規模ながらも全周展開を行う。斥力場のドームが付近一 帯を覆い、外界から隔離する。調子に乗って戦闘で暴れ過ぎた事を後悔しながら、徐々にでもイメージを強め丹田に力を籠める。 閃光。音は斥力場が振動を吸収する都合上聞こえないが、私の体にはしっかりと負荷がかかっているので、何かがフィールドの外側で爆発した事がわかる。数は…1、2。…残り6発は別の所に?被害状況を確認しないと! [『ベア』、『ホッグ』、状況報告!『ワイルド』各機、状況はっ?] 『リュウゾウ・オネシロ』の無線が、状況を把握しようと呼びかけている。『ベア』は機甲戦闘隊、『ホッグ』は機動展開隊、『ワイルド』は偵察警戒隊のコールサインだ。つまりこれは…! 「ジオさん、前線が…敵の攻撃の狙いはこちらの戦列崩壊です!すぐに救援に向かわないと…!」 無音だったせいで、攻撃が止んだ事に気付いていないジオさんを急かしながら、行動する為の手続きを頭の中で整理する。司令部に許可を取って、機体に乗って、みんなを集めて最寄りの最前線…R46に… [敵部隊、前進を開始。後方予備の各隊は総員戦闘配置!] 拙い、敵の動きが早い! |
| 前半 |
余興 |