N.C.24年 3/21日 19:22 日本国 北海道矢臼別演習場南部 臨時司令部本営
夜の帳が下り始めた頃、陽が消えた西の空から、まるで入れ替わりのように希望の光がやってきた。 「覇馬中将、来援が到着しました。予定通り、仙台から出撃した戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』です。」 テントの外にも聞こえんばかりの大声で、司令部の通信士が喜色を隠さず告げた。 「全く、大きな楔が来てくれたものだな。」 私も、この胸の中に膨らむ大きな喜びを隠しきれない。自然と頬が緩む。いや、…こんな顔を息子達に見られるのは問題だな。なんとか、向こうとの顔合わせまでには押さえ込もう。 ARU軍の大戦力投入に対し、いち早く遅滞戦術に切り替えたおかげで、こちらは後退こそしたものの、殆ど損害を被ることなく必要な防衛戦線を維持でき た。日有連合軍が力を結集し温存している一方で、敵は網走市制圧後、女満別空港をはじめとして幹線道路沿いの各地方都市を制圧し、兵力を分散させている。まと まった戦力と、敵の再集結を許さない機動力、それに機を逃さず命令を下せる決断力があれば、各個撃破が望める状況だ。 そして今、反撃の楔は届いた。…『ヒトならざる者』、或いは『人の形をした禁忌の力』すらもその内に乗せながら。 最新の報告-アマツとソウガ…志道艦長と大島参謀長の連名で届いたそれ-曰く、どうも不肖の息子がその身辺護衛を務めているらしい。 …あの"有機性二足歩行男性型ロボット"または"生物と無生物の区別を知識だけ理解している生体コンピューター"が粗相をしていなければ良いのだが。心底不安だ。 「覇馬司令官、リュウゾウ・オネシロが、当司令部の乗艦・合流を求めています。」 印刷したばかりなのだろう。インクの臭いと熱気を持つ一枚のコピー用紙を手に、鳴渡参謀官が内容を読み上げる。 彼は大島参謀長の代理で今回の私の視察に随行し、事態に巻き込まれた。彼も早く向こうに行きたいだろうな。 「直ちに合流すると伝えろ。司令部総員、移動開始だ。現時刻を以て本施設を放棄する。持っていく書類と処分する書類をまとめろ。処分する書類は焼いて構わん。但し、確実に灰にしろ。」 頷いて、地上側の司令部を撤収するよう命令を下す。 「ハッ!」 急遽拡張した元演習用野戦司令部は、必要な仕事こそできたもののやはり設備に問題がある。 あの艦のCDCならば設備も十分、十全に指揮を執れるだろう。 兎にも角にも、これで窮屈なテントから解放される。私は心から安堵した。 |
N.C.24年 3/21日 19:28 日本国 北海道矢臼別演習場南部上空(低高度) 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 CDC
「お養父(とう)さん…ですか?」 ジオさんの言葉に、私は阿呆のようにオウム返しした。 「うむ。吾は尾根白 龍蔵(リュウゾウ)の精子を使った人工授精で、尾根白家の使用人…秋都梅花(メイカ)より生まれた。その直前に、母は覇馬家の嫡子で ある覇馬 泰山(タイザン)と結婚し、覇馬家に嫁入した。その後、吾は尾根白家ではなく覇馬家で育てられる。故に、養父(ちち)なのだ。」 流石、とっても複雑。尾根白家長男誕生には紆余曲折があったとは聞いてたけど、ここまでとは…。 「で、そのお養父さんがアルマフト軍の中将で、この艦の司令官である…と。」 なんつー家系。尾根白家だけじゃなくその周囲にも優秀な人間が揃ってるなんて。 「そうだ。我が養父(ちち)上はこのCDCの本来の主なのだ。義兄(あに)上…大島大佐は今後、養父上の指揮下で活動する本来の意味での参謀長となる。」 何処か誇らしげに、ジオさんは艦の指揮系統を説明してくれる。…このジオさんを育てたとなると、相当厳しい人なんだろうなぁ。私、挨拶だけして部屋に隠れてようか…。怖い人キライだし。 「覇馬中将、ご到着です!」 部屋の入口で、下士官達が起立してその人物を迎える。CDCのドアを少し窮屈そうに潜って入室した背の高い虎獣人は、部屋の中をグルリと見渡して、それから正面で彼を待つ大島大佐に歩み寄る。 「大島大佐、よくここまで本艦を運んできてくれた。その活躍は賞賛に値する。」 「いえ、私は何も。志道准将以下、乗員達の優秀さと寺崎氏の存在によるものです。」 固い握手を交わし、部下の活躍を賞賛する覇馬中将。謙遜で返す大島大佐。大人のやり取りだなぁと思う。 あ、チラッと私の名前出してたけど、余計なこと言わないで良いですから。素直に称賛を受け取っといてください。こっちに飛び火したらどうするんですかまったく。…いや、寧ろ飛び火させる気満々っぽいな、あの顔。 それから、覇馬中将は私とジオさんの方を見て、足早に近付いてきた。ヒッ、来たっ!? 「久しぶりだな、親不孝者。家に帰ってこないと思えばこんなところにいたか。」 ジオさんを見るなり、鋭い目つきで不満をぶつける覇馬中将。お養父さん、やっぱり怒ってるみたいですよ?隣を見上げれば、ジオさんはチラリと、助けを求めるかのように目を泳がせながら、しどろもどろに答える。 「それは巌武(ガンブ)もでしょう。それに、家には宮蓮(グレン)もいた筈ですが。」 ジオさん、養父の不満に弟達を盾にするの図。あ、SFIC(スーフィック)の扉の前に、噂のガンブ少佐発見。私の視線に気付いたら目、逸らしちゃった。ああ、自分に飛び火させるなって事ね。オーケーオーケー。なおジオさんは引火させたい模様。 ところで、弟とはいっても養家の義弟な筈だけど、そんな弟達に甘えられるってのは、義兄弟で仲良い証拠なのかな? 「ガンブはこの艦のSFIC勤務だからな。これからお前共々こき使ってやる。そして忘れているようだが、グレンはハサファ島のCTMSに通う為、学生寮暮らしだ。帰宅するたびに、梅花(メイカ)の寂しげな溜息と愚痴を聞かされる私の身にもなれ。」 覇馬中将は言い訳無用と言わんばかりに捲し立てる。わーい、押されてる押されてる。 それにしてもさすが、噂に違わぬ愛妻家。尾根白家もそうだけど、ジオさんの親戚って愛妻家が多い?ジオさん自身も密かに情熱的っぽそう。いや、確証があるわけでなし、単なるイメージだけど。 「む、そうでしたか。しかし吾も仕事が・・・」 ジオさん、完全に劣勢の図。英雄の息子も、お養父さんには勝てないらしい。頑張れ、負けるなジオさん! 大丈夫、骨は拾ってあげますよ!(討死前提) 「仕事は言い訳でしかない。己の日程を正しく管理し、銃後たる家族の不安にも気を配ってこそ、優秀な職業軍人というものだ。」 ジオさんがお説教されてる・・・。彼とお養父さんとの力関係がよくわかる光景だ。あと、この舌戦に勝ち目が無いってのもハッキリしてる。 まぁ、ジオさんって弁が立つ方じゃないっぽいし?仕方ないよね、うん。 「というわけで、盆暮れ正月くらいは家に顔を出せ。いいな。」 「…ぜ、善処します…。」 トドメの一撃、ジオさん轟沈。 まぁ、男子は得てして実家に帰ってこないものと言うし…そりゃ怒られるか。 「お初にお目にかかる、寺崎 リイチ殿。自分はアルマフト統合軍遠征部隊司令官、覇馬 タイザン中将と申す。愚息がご迷惑をかけて申し訳ない。」 考え込んでしまったジオさんを捨て置いて、覇馬中将はこちらに向き直り、自己紹介ついでに義息子の不出来を詫び始めた。いえいえ中将、そんなことはないんですよ。 「とんでもない。ジオさんには色々…私が苦手な力仕事とかで物凄く活躍して頂いてるんですよ。残念ながら、戦闘面では状況が合わず、まだ真価を発揮できてい らっしゃらないようですが。でもこの戦線では地上戦がメインでしょう?それなら、いよいよジオさんの本領発揮ですよ。頼りにさせていただいてます!」 フォローなんだか事実なんだかさっぱりわからない、継ぎ接ぎごちゃまぜの文章を並び立てて、私はジオさんのメンツを守るべく務めた。そう、努力はした。しかし、この厳しいお養父さんが、果たして何処まで聞き入れてくれるか…。 「寛大なお言葉、痛み入る。機転の利かない愚息で、真に申し訳ない。」 やっぱり聞いちゃくれない。うーん、これはこれである意味、ジオさんそっくりなのかも? |
N.C.24年 3/21日 19:54 日本国 北海道矢臼別演習場南部上空(低高度) 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 第七格納庫
「マインドトレーサー・コントロール正常…。スキャニング…完了、シンクロスタート。ニューラル・アクセス確認。フィードバックチェック…OK。」 起動確認を済ませる。機体と感覚が同調するこの感じ、密かに好きだったりして。 [りーちゃんにしちゃ、珍しい装備を選んだな。] モーちゃんからの通信。私の機体の目の前で、視線を動かさなくても見えるように距離をとって、インカムに向かって口を動かすモーちゃんの姿が見えた。 ![]() 「そりゃ、今回は速攻が必要だもの。スピードだけあっても火力不足じゃお話にならないでしょう?『柔軟な運用』こそがF2の真価なんだから、当然の帰結って奴。」 [なるほど、それもそーだな。しっかし、ライフルはいつものだが両肩に6連装110mmロケット砲と20mmガトリング砲とは、イカすねぇオニイサン?うっしっし。] 胸を張って答える私に、何かを言い含めたようなモーちゃんの笑い。むー、何が言いたいの。 [リイチ。すまないが、正規軍人でない者達2人の指揮を任せたい。頼めるか。] 割り込むように、ジオさんからの通信。えっと、編成外の2人って言うと・・・民間協力者枠のリキとガイホウ君だよね。 「うちのリキとお宅のガイホウ君ですよね。勿論です。任せてください。」 それならお任せあれ。外部協力組織の人間である私が、正規戦でマトモな軍人を指揮下に入れるなんてとんでもない話だ。その点、二人は"一応"民間人。リキに至っては『C.E.L.L.』の人員だ。いくら命令したって構わないでしょう。 [無理を言ってすまないが、よろしく頼む。それから、養父上の話では、野砲の門数が足りんらしい。一応、RPO常設軍の0式が105mm可搬式榴弾砲装備で出撃するが、それでも所詮4基だ。砲の口径も105mmでは力不足かもしれん。] それは・・・かなり苦しい状況かな。榴弾砲や迫撃砲の口径と数は、地上戦の優劣を決すると言っても過言じゃない。航空戦力が大幅に減退したこの時代では特にだ。 「多少、力技になりますけど、前衛が素早く前進して叩いていくしかないと思います。私達特設班は、そちらをフォローするように動かさせていただきますが、よろしいですか?」 野砲で負けているなら、やる事は一つ。速攻、速攻、速攻だ。時間をかければかけるほど、火力をバラ撒かれて不利になる。だから、速攻で敵を叩くしかない。 [無論だ。寧ろ、護衛対象に前に出られては困る。自重してもらえると、こちらとしても助かる。] ジオさんはこちらの意図を汲んでくれたようだ。こちらで零群をフォローすれば、彼等は自由に行動できる。あ、忘れないうちにこれも伝えとこう。 「それから、私はできるだけガンビットで艦の砲撃を支援します。着弾観測に使えますから。代わりに、F2の操縦はいつも以上に酷くなると思うので、期待しないでください。」 ジオさんは既にわかってると思うけど、私は操縦が苦手だ。本来、F2操縦には高い身体能力が必要になる。当然だ。神経接続して操縦するのだから、脳が体の動かし方を 知らなければ操縦のしようがない。けれど、私の体はそれができない事情があって、私はF2の操縦に最初からハンディキャップとアドバンテージの両方を持ってる。得手不得手の開きが極端だから、不得手な部分は誰かの助けが要る。 [わかった。この作戦では『ファフニール』の砲撃が重要な戦力になる。どうか、養父上や兄上達を助けてやって欲しい。] 「ええ。では、私達の特設班は支隊として『レイ』の指揮下に入ります。コールサイン『ビースト』で呼び出し願います。」 ジオさんとしても、護衛対象の私が後方で大人しくしていれば、動き易いだろう。私もその方が、ガンビット達の制御に集中できる。これでお互いに、WIN-WINの関係という奴だ。 [『ビースト』だな、了解した。] ジオさんの承認を以て、私含む民間協力者3名の特設班は、彼が率いる『零群』指揮下の支隊として組み込まれる。 即席の寄せ集め部隊に、思いついた粗雑なコールサイン。でも、私が指揮する大事な部隊だ。 [『ファフニール』CDCより、この戦闘に参加する全ての友軍へ。この通信は、LINK-Eで接続・配信されている。そのまま聞いてくれ。] 通信が入る。『リュウゾウ・オネシロ』のCDCにいる、覇馬司令からのものだ。 [これより、我々は戦列を押し上げ、反撃に移る。その際、脅威となる敵戦力について伝える。先ず、敵砲兵戦力はこちらのそれを凌駕している。我々も増援により 砲兵戦力の底上げこそあったが、未だ相手方が優勢だ。正面で戦うF2についてはこちらに利があるが、敵の中にTA-7型F2の存在を確認している。これは 第二世代相当の性能を持っていると目される機体だ。警戒せよ。そして・・・] 一息にここまで言って、覇馬中将は一呼吸置いた。・・・これは、よほどの敵がいそうだ。 [昨日の浸透偵察で、敵集団後方に大型母艦を確認した。25131号計画艦、アスコルド級機動要塞艦だ。数は2隻。恐らく、海を渡ってきた際もこれを使用したのだろう。] アスコルド級機動要塞艦!? プロイェークト25131なんて、敵にとっちゃ虎の子じゃないか。原子力機関で発電し、4基の超大型リフトファンでホバー推進するあの大型要塞は、現在の ルーシ連邦共和国・・・いや、ARU全体にとっても中核戦力だ。それを2隻も投入してきたなんて、いよいよ、この北海道侵攻作戦におけるARUの本気さが伺え る。 [敵要塞艦は、130mm連装速射砲を1隻につき2基装備している。つまり、2隻で4基8門だ。当然、この砲は前線支援の為の砲撃に投入 されるだろう。その他砲兵戦力も、物量自慢のARUらしく多数備えている。故に、我々はこの砲撃の雨霰を掻い潜り、敵に肉薄して交戦する事を基本戦術とす る。誤爆を恐れてくれる程度の理性が敵にあれば、砲撃力の不利を補える可能性が高くなる。] つまり、味方を巻き添えにすることも厭わな いような大馬鹿者が相手だったら、磨り潰されるってわけだ。まぁ、私とリキと、あと近くにいる味方はリパルサーフィールドで生き残るだろうけど。それじゃ 到底、勝利とは言えない訳で。最悪、私とリキが敵中突破して後衛と敵艦を強引に叩き潰すことも考える必要はあるかもしれない。”このチカラ”を使って。 [だそうだ。アマっち、遅れんなよぅ?] ハスギ大尉が、アマガネ少尉をからかうように言う。・・・でも、彼の言うとおりだ。後衛だからと行軍が鈍れば、敵の砲撃であっという間にスクラップにされるだろう。 [わかってるよ。前衛と歩調を合わせれば良いんでしょ?いつもやってる事じゃん。] アマガネ少尉が抗議する様に言い返す。ああ、彼なら大丈夫そうだ。機体も割りと新しい方だし。・・・となると問題は。 「『メガセリオン』よりCDC、RPO常設軍の砲撃部隊について詳細を伺っても?」 そう。旧式機な上、展開と格納に少々手間隙のかかる彼らだ。一発砲撃したら即移動・・・となると、砲撃能力はガタ落ちする。自走砲のように、展開も格納も殆どない兵器なら良かったんだけど。 [RPO常設軍の砲撃部隊は極力、発射と移動を交互に繰り返すよう努めてもらう。一所に留まっては敵反砲撃の良い的だ。護衛には、日防陸軍から4式装備の一個小隊が展開する。敵F2の脅威は最小限、護衛はレーダー装備となるので、安心して作戦に集中して欲しい。] ああ、やっぱそうなるよねぇ・・・。砲撃勝負は完全に捨てるしかないか。頼れるのはリュウゾウ・オネシロ自慢の主砲(155mm三連装榴弾砲)くらいだなぁ。 [また、詳細な指示はLINK-Eを通じて随時行う。通信には耳を傾けておけ。以上だ。リュウゾウ・オネシロ艦載機は直ちに発進し、地上の友軍部隊と合流せよ。] オーケーオーケー。舞台に上がったら台本通りに進行、イレギュラーには機転を利かせてアドリブね。演劇部の経験で慣れてますとも。 「発進命令を確認。『ハンガーコントロール』へ、こちら『メガセリオン』。TF-1X『イクス』、下部格納庫艦尾ランプドアに移動する。エレベーターの使用許可を要請。」 |
N.C.24年 3/21日 20:00 日本国 北海道矢臼別演習場南部上空 外域防衛線
イチ兄より一足お先に飛行甲板から発進した俺は、早速[友軍部隊上空の監視]をするよう言われた。つまり、空飛んでくる敵を警戒してろってこった。空飛んでくる敵がいなきゃ暇も良いとこなんだけどな。 まぁ、下手に前に出ると対空ミサイルがワンサカ飛んでくるかもしれないって話だし、それじゃなくても敵の要塞艦は長距離対空ミサイル装備だそうで・・・。おっかないから後ろに居ようっと。 いやまぁ、いざとなったらリパルサーフィールドで無敵バリアプレイもできるんだけど、あれ滅茶苦茶疲れるんだよな。下手に使うと、途中で意識飛ぶくらい。 だから、イチ兄には無闇に使うなってキツ〜く言われてる。俺自身も、連続使用や過負荷の耐久テストで2〜3回意識飛んだ経験があるから、自重してる。何事 も安全第一ってね。 [おーい、リキちゃーん!上は任せたぜ〜!] ガイホウさんの陽気な声。見下ろすと、地上で手を振ってる赤黒いF2がいた。・・・俺のこと心配してくれてんのかな?へへ。なんかちょっと嬉しい。勇気が出るっつーのかな?こういうの。 |
N.C.24年 3/21日 20:02 日本国 北海道矢臼別演習場南部 外域防衛線
敵に圧され狭くなった演習場、普段は戦車などの車両類が集まる広場を借りて着陸した『リュウゾウ・オネシロ』の、右舷艦尾ランプドアから歩いて出撃した私は、まず全体の状況を思い出した。 遅滞戦術で敵を足止めしながら後退し続け、結局広大な矢薄別演習場の南端近くまで追い詰められていた日有連合軍は、最終防衛ラインとなったその場所に長い塹壕線を掘って戦っていた。 私は少し考えて、その皿状に窪んだ戦線の中央付近、敵が最も前進している辺りを目指し走る。 そろそろかな。 「ガイドレールセット、マインドトレーサー・コントロール同調…。行け、ガンビット!」 ![]() 概ね位置についた辺りで立ち止まり、腰のガンビットを放出する。さあ、これで敵を探し易くなった。と言っても、慎重に運用しないと撃墜されるかもしれない。 私は再び、機体を走らせてジオさん達零群が終結している場所に向かった。これからは、機体の操縦をそこそこにガンビットのコントロールの方へ注力する。『リュウゾウ・オネシロ』に砲撃地点の指示と着弾観測のデータを送らなきゃ。 |
N.C.24年 3/21日 20:09 日本国 北海道矢臼別演習場南部 外域防衛線
[隊長、機甲戦闘隊(ベア)からの救援要請です。同隊所属の第3小隊(ベア3)が、敵に半包囲されかけてます。] アマガネが、電子戦を繰り広げながら通信兵としての役割もこなす。 …むぅ、機甲戦闘隊の第3小隊か。ここからだと少々、距離がある。刹那、吾の脳裏を茶色い熊獣人の姿が過った。 隊の指揮官は確か、瓜栖少佐だったな。部下想いの熱い漢だ。吾としても、仲間の窮地は助けたいが…。 [『ギガント』、こちら『ビースト』。対象までは距離があり、このままでは間に合いません。そこで、ガンビットと『フォルネウス』を先行させ、敵を牽制して時間を稼ぎます。その間に急行しましょう。] リイチの提案。確かに、半包囲が完成すれば精強なアルマフト軍人とて長くはもたんだろう。少しでも時間稼ぎが出来、「助けが来た」という事実がもたらす士気高揚で部隊を奮起させることが期待できるその提案に、吾は一も二もなく乗った。 「その案を採用する。支隊『ビースト』は『ベア3』への緊急支援を実行せよ。『レイ』各機も現場に急行する。」 やはり、戦術的判断はリイチの方が早いようだ。ある程度は任せてしまっても良いかもしれん。我の不出来な頭では、自分の部隊の隠蔽コード名を安直に『零(レイ)』にしてしまっている現状のように、よろしくない結果を招きかねん。 [『ビースト』、命令を受領。『メガセリオン』より各員へ。『フォルネウス』、ガンビットと編隊を組んで現地へ急行。窮地にある友軍への支援を実行せよ。『ダイアウルフ』、私と共に『レイ』を支援。ポイント・リマ35へ全速!] [『フォルネウス』コピー!ターゲットインレンジ、コンバットオープン!] [『ダイアウルフ』ガンホー!] 素早く指揮下の二人に指示を下し、自身もガンビットの飛行経路を設定すると、リイチは走り出した。すぐにガイホウがそれに追いつき、追い越す。吾も続くが、機体性能の違いから速度の差でどんどん離されていく。 ・・・こんな時に今更だが、吾も新鋭機を貰っておけば良かったと、判断の甘さを痛感する。 米国陸軍が「米有両国の友好の証に」とMB6A2を提供してきた時、吾はそれをハスギに譲った。体を張って仲間を守る彼には、あの機体性能が必要だと思ったからだ。それ以降も、何度となく乗換えを軍上層部から勧められてきたが、吾はそれを断り続けた。 「この機体が気に入っている」というのは表向きの理由で、実際は親類縁者-特に国家的英雄である実父-の威光に甘えていると思われたくなかったのが本音だ。 吾ながら、子供染みていると思う。だがそれでも、吾は立ち止まるわけにはいかなかった。実力を発揮し続け、この道を走り続けねばと、そう考えていた。 だが、先日少し触れたXTF-1J、厳しい制限がかかっていたにも拘らず、今吾が搭乗している1式H型よりも圧倒的に動きが良かった。あの機体が十全に動 いた時を思うと、果たして吾は、それと対峙して勝てるのか。F2は搭乗者の身体能力が重要になる。だがそれも、操縦者の体捌きを再現する機体性能があってこその話だ。 そろそろ、考えを改めねばならん時が来たのかもしれん。 [『メガセリオン』より各機、前方に複数の反応を確認!敵半包囲部隊の左翼集団と思われる。現在、ガンビットと『フォルネウス』がこれと交戦中!] [ガンホー!『ダイアウルフ』、ターゲット:G2、エンゲージ!] リイチの敵状報告に、ガイホウが咆える。 そうして、またしても吾は出遅れた。 |
N.C.24年 3/21日 20:27 日本国 北海道矢臼別演習場南部上空 外域防衛線 L(リマ)35防衛陣地
被弾した味方の4式-小隊の3番機-が尻餅を搗くように倒れるや否や、1番機と2番機が素早く前に躍り出てライフルを構え、30mm機関砲による射撃を 敵へと浴びせる。だが、ARUルーシ連邦共和国製のTA-7(テー・アー・スェーミ)は想定よりも素早く、射撃を回避しながら難なく数歩後退した。 その一連の出来事はほんの数秒に過ぎなかったが、その間に4番機はライフルを投げ捨て、3番機へと駆け寄り脇下から掴み上げると、引き摺りながら後方へ下げる。1番機と2番機も、目的を達して牽制しながらゆっくりと後退さろうとした。 だが、既に左右からの攻撃を警戒しなければならない状況である。前へ躍り出た以上、1番機と2番機は次の獲物として狙われていた。両側から迫っていたTA-5B(テー・アー・ピャーチ・ベー)の部隊が、20mmサブマシンガンの砲口を一斉に向ける。 1番機と2番機のパイロットが互いに背中を預け合いながら、衝撃に備えた…その時だった。 [二機とも、飛び退け!] 突如割り込む通信。その声で反射的に、2機の4式は武器の構えを解いて全力でその場を飛び退いた。 [よっしゃぁっ!いぃぃぃっただきぃぃぃぃぃっ!!] 続いて、声は似ているが明らかに別人の怒声が聞こえたかと思えば、左右と中央の三方を囲んでいた敵集団を空からの射撃が襲う。かと思えば真っ赤な飛行型 のF2が、正面の敵部隊の頭上を通り過ぎた。鋭い機動と非常識な速度で空を飛ぶその機体は、手に持った小口径機関砲の光学式センサーで目標を見て、呆気に取られる左右の敵陣を容赦なく攻撃する。 [『ダイアウルフ』!吶喊(とっかん)!] [うぉおおおおおるぁあああああああっ!!] 獣が吼え合うかのようなやり取り。同時に、今度は左側の敵部隊で何かが宙を舞った。 いとも容易く宙へと打ち上げられたのは、2機のTA-5Bだ。ボディは大きく拉げ、手足は脱力しきっている。F2が持つ、『コアによる乗員保護機能』が無ければ、確実に死んでいる光景だ。 舞台の幕が開くように真っ二つに分かれたTA-5B部隊の真ん中に、小豆色をした重厚なF2が立っている。両手には大きな鈎爪の付いたナックルガード。殴打した機体はこれで間違いないだろう。 筋肉を剥き出しにしたゴリラのようなその機体は、暴風が木の葉を扱うかのようにTA-5B達を吹き飛ばし、蹴り倒し、天高く放り投げながら、次々と屠っていく。 [第3小隊、こちら『ビースト』。敵TA-7はデータ収集の為に我々が相手をします。手出しは無用なので、後退し体勢を立て直してください。] 1番機と2番機がようやく我に返った時、その行く手を阻むように白と青で彩られた機体が背を向けて立ち塞がる。 最初に無線で退避を指示したその凛とした声は、2機のパイロットに反論を躊躇させる程度の迫力があった。 [ルーシ連邦の第二世代機。その性能を見せてもらうよ!] 腰を落とし、白青のF2が走る。狙われた正面の敵部隊は、40mm口径のAKG-4ライフルで応戦する。が、白青の機体は意に介さない。弾は全て、見えない壁に阻まれてボトボトと力なく地に墜ちていく。 [反応性はC!] 白青のF2が、TA-7の一機とすれ違いざま、横っ腹に回し蹴りを入れる。動きを追っていた所に突然の一撃を受けたTA-7は、よろめくが踏ん張って何とか姿勢を保とうとする。 [安定性はCプラス!] 叫びながら、左肩のガトリング砲を至近距離で浴びせる白青のF2。怯むTA-7に、容赦無く両手で構えた得物を向ける。 [防御能力は…Bかな。] 至近距離から撃ち込まれる、30mmAP弾の3点バースト射撃。腰や腹を痛打されたTA-7は、事切れたようにバタリとその場に倒れ込んだ。 [やっぱり、所詮ルーシはルーシか。私が手を貸さないだけでこのザマなんて。ガッカリだよ。] 白青のF2は心底つまらなそうに言って、ライフルと肩のガトリング砲をそれぞれ2機の敵に向け、同時に発射する。 全く常識外れの連続で唖然として突っ立っていた2機のTA-7は、先頭の1機の後を追うように倒れ伏した。 |
N.C.24年 3/21日 20:27 日本国 北海道矢臼別演習場南部 外域防衛線 L(リマ)35防衛陣地
[『ギガント』、こちら『メガセリオン』。] 「こちら『ギガント』。」 [支隊『ビースト』は敵攻勢集団を制圧。残敵掃討に移ります。] 通信の向こうでリイチは、状況報告と次の行動を手短に告げる。…心なしか不機嫌そうに感じられたが、今は追及しないでおこう。 「制圧完了は了解した。だが追撃については、司令部の判断を仰いでからだ。その場で待機せよ。」 […『メガセリオン』了解しました。] 短い返事、ブツリと切られる通信。…相当、『タテガミにきている』らしい。触らぬ神に何とやらだな。 「『ベア3』、こちら『レイ』。現着した。戦線はこちらで受け持つ。損傷機の戦列復帰に専念されたし。」 [『レイ』、こちら『ベア3』。来援に感謝を。すぐに復帰しますので、一寸だけ対応をお願いします。] 第三小隊に司令部からの指示を伝えながら、吾は機体をリイチの前まで前進させる。 軍人に非ざる者を前線に立たせるわけにはいかん。 「『メガセリオン』、こちら『ギガント』。『ファフニール』の砲撃支援は順調か?」 広い原野、遠雷のように木霊する砲声と遠くの爆発音。激しい砲撃戦が繰り広げられているようだ。急ごしらえの砲兵隊は兎も角、リュウゾウ・オネシロの主砲は敵を制圧できているだろうか? リイチはガンビットで上空から監視し、砲撃の誘導と観測砲撃を支援している筈だ。今の内に状況を確認しておこう。 [こちら『メガセリオン』。作戦は遅滞なく進行。敵砲兵を優先して攻撃中。火力支援が必要な場合は要請も可能です。] 「…『ギガント』了解。任務を継続してくれ。」 [『メガセリオン』、任務継続を受諾。] …事務的だ!極めて、極めて事務的だ!何が彼を怒らせたのかはわからないが、これ以上彼の低気圧が勢力を増す事の無いよう、気を引き締めてかからねば。 「『ファフニール』、こちら『レイ』。」 取り敢えず、この場の状況は安定した。アマガネも沈黙を保っているので、他部隊からの救援要請もないらしい。となれば次の行動について、司令部に指示を仰ぐ必要がある。 [『レイ』、こちら『ファフニール』。どうぞ。] 『リュウゾウ・オネシロ』の司令部に繋がる直通回線なので、呼び出しに対する応答は極めて迅速だ。 「要請のあった『ベア3』の救援を遂行し、敵の正面戦力を漸減、後退させた。指示を乞う。」 手短に状況を説明し、次の命令を求める。やや間があって、オペレーターからの返答があった。 [状況を了解。『レイ』はこれより、ポイント・リマを北に移動。敵前衛戦力に負荷をかけ、友軍の前進を牽引せよ。] 「『レイ』了解。吾々はこのまま、ポイント・リマ35から北に向けて進軍し攻勢を仕掛ける。行動開始、通信終了。」 [『ファフニール』、アウト。] …。養父上も無茶を言うものだ。伝達役のオペレーターがあからさまに困惑し、恐々としていたぞ。尤も、それが命令とあらば、我等はやってみせねばならんわけだが。 「全員、聞け。我々はこれより北に進軍し、遭遇する敵を手当たり次第に撃退する。主力の前進が思った以上に遅いので、連中の負荷を軽くしてやれという事だ。」 [うへぇ…。『ブラストル』、ラージャ。] [弾足りるかなぁ?『オーラム』、ラージャ。] [一発を大切に撃つ。『セレスタ』、ラージャ。] [残弾確認…。『パンテラ』、ラージャ。] 四者四様の返事だが、共通点は「無理」だと言わない所か。司令部の無茶振りにもすっかり慣れてしまった。 [『メガセリオン』了解。一点に集中して突出部を作り切り取る…。私がトータル一個大隊くらい消し飛ばせば…ブツブツ] [『ドリュアス』了解っす!イチ兄ぃ、俺も『メテオ・ストライク』使っていいー?ねぇー、イチ兄〜ぃ。] [『ダイアウルフ』、ラージャ!暴れまわって良いなら、日頃の鬱憤、晴らさせてもらうぜぇっ!] 支隊『ビースト』は戦意が高いな。低いよりは遥かに良いのだが、第三小隊の支援として置いていく予定は頓挫した。 ところで、リイチは敵一個大隊を消し飛ばせるのか?砲撃支援も、こちらが要請したとして優先されるかは全くの不明だ。そもそも火砲の数は足りておらず、前線 は数的劣勢、彼我のF2の性能差も決して大きいとは言えない状況だ。より状態の悪い友軍の救援が手厚くなるだろう。到底、一個大隊を消し飛ばすほどの火力 支援を受けられるとは思えん。 …或いは、ブルガン戦争やつい数年前のユーゴ紛争の時のような『吹雪』が吹き荒れる事になるのだろうか? 「…各員、支度を済ませろ。2040に前進を開始する。」 その誕生から、近代史の教科書を何度も書き換えさせている、寺崎リイチの持つ特異な"能力(チカラ)"。その片鱗を目にする事になるのか。それはおそらく、彼を除いた全員の実力と行動にかかっている。 『ヒトの悪事はヒトが正せ。出来ぬとあらば我が悉くを鏖(みなごろ)そう』 ユーゴ紛争時、現地にいた者達全員が聞いたあの言葉を、吾はこの地で聞きたくはない。 |
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