第二話 要塞出航(ふなで)
 
 

3/20日 11:31
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 艦橋 

「基地側からの被害報告は以上です。」

 通信士が、手元の資料にまとめた仙台基地の司令部から受けた被害報告を読み上げて締めの言葉で括ると、艦橋を重苦しい空気が支配する。

「被害甚大だな・・・。」

 志道准将が呟く様に返すと、皆一様に頷いた。
 支援AIシステムの評価では、基地機能を6割、防衛能力を7割喪失。総括すると、状況評価は『壊滅』。基地周辺の民間施設に被害が出なかったのが奇跡に思えるほどの惨状だ。

「RPO本部は、仙台市内の他の駐屯地、即ち、多賀城や霞目等から防衛用に一部戦力を移動する事を決定したようです。」

「素早い判断だ。ここの防衛は預けても良さそうだな。」

 続く報告に、志道准将の隣に立つ狼獣人、作戦参謀の大島 蒼牙(おおしま そうが)大佐が応じる。
  彼は要塞の戦闘行動に関わる全てを統括しており、艦載のF2部隊は現在、全てが彼の指揮下にある。艦長である志道准将が要塞艦の航行に責任を持つのに対し て、大島大佐は武装や艦載部隊の運用に責任を持っているわけだ。二人が協働する事で、この巨大かつ複雑な戦略要塞は始めてその真価を発揮する。

「ンでも親父、このままいつまでもここで敵の攻撃を受け続けるのは流石にヤベェんじゃねぇの?よくわかんねーけど。」

  誰もが思い、そして口にしなかった質問を、この場にいた大島大佐の息子-ガイホウ君-が明け透けに問う。彼は未だ軍人ではないから、階級を気にした喋り方 ではなくあくまで家族-一般人-として振舞えるわけだけど、場の雰囲気に飲まれずそれを貫く姿勢は天晴れというべきかしら?

「ゴホン。愚息の失礼をお詫びする。…だが、懸念は尤もだ。故に、我々はある決断を下した。」

 若干気恥ずかしそうに、大島大佐が大袈裟な咳払いをして続ける。まさか、自分の息子がこんな事態に巻き込まれるとは思ってなかっただろうなぁ・・・。

「本艦は予定を繰り上げて本日、仙台基地を出航する。」

 その言葉を聞いて、私の隣に立つ尾根白中佐の目がクワッと見開かれた。
 ああ、彼の率いる零群はこの要塞艦の艦載機部隊筆頭だものね。肝心の機体が届いてないから機能不全も甚だしいけど。って、私もあんまり他人の事言えないか。

 艦橋内が、俄かに騒がしくなる。

「・・・無論、艦載機の到着を待っての話だが。」

 クツクツと、尾根白中佐の様子を見て押し殺した笑いを漏らしながら、志道准将はフォローを入れた。

 尾根白中佐は、静かに深々と腰を折って礼をする。機体の到着が遅れているのは彼のせいじゃないのだけれど、移送を手配した手前、責任を感じているのだろう。

「というわけで、寺崎特佐。」

 志道准将はこちらを見て、話を戻した。

「"炉"に"灯"を入れて頂けるかな。」

 隣の尾根白中佐が、「何の話だ?」と言わんばかりにこちらを見つめてくる。あーその熱い視線、凄く良いです。

「ええ、喜んで。」




 N.C.24年 3/20日 11:37
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』

 機関室の炉心内、ひたすらだだっ広い空間に、私は斥力場を使って体を浮遊させる。ここは、『リュウゾウ・オネシロ』の主機関である核融合炉の中。炉の壁面は内側から見ると、発生する膨大な光の熱エネルギーを吸収する為の塗料で一面真っ黒、そこに、エメラルドグリーンの綺麗な結晶体-斥力場発生装置-が整然と配置されていて、まるでこの身が宇宙空間に浮いているようだ。

[基地給電回路接続完了。斥力場発生装置起動します。クリスタルへの通電、開始!]

 
球状の部屋に、大きく響き渡るアナウンス。部屋に配置された結晶体が一斉に瞬いて、部屋の内側を斥力場の棺が覆いつくす。これで、核融合により発生する危険なプラズマや中性子からこの巨大な炉の内壁を守るのだ。

[斥力棺形成完了。寺崎特佐、いつでもどうぞ。]

  私は頷いて、まず全身に力を行き渡らせる。それはエメラルドグリーンの発光を伴って私の体に浮かび上がり、さながらイルミネーションに彩られたスーツのよ うに、私の体表を照らす。次に、その流れを制御して両掌へと導く。徐々に全身から両手へと収束していく光を眺めて、手順が正しく進んでいることを確かめ る。
 両手を中心にして、エネルギーを篭める。掌に光 -部屋に充満するトリチウムを材料にして作った、"太陽の卵"-が生まれたのを確認して、それを目の前で一つに重ねる。途端に、光は連鎖反応を起こして巨大な光の玉が浮かび上がる。
 それを見届けてから、私はゆっくりと斥力場を制御してその光の玉から離れ、斥力場棺をすり抜けて、隅に設けられたメンテナンス用扉から炉の外に出る。

[核融合反応の安定を確認。小太陽、安全に形成されました。核融合炉、点火完了!]

 喜色を隠して努めて平静に振舞うアナウンスの向こうで、ワッと歓声が聞こえて、思わず苦笑してしまう。

 まぁ、炉の建造時に一度だけ試験起動しただけだったから、みんな緊張してたんだろう。

「寺崎特佐、任務ご苦労。艦長達が今後の作戦計画をまとめている。艦橋に戻ろう。」

 メンテナンス用通路で待っていてくれたらしい尾根白中佐が、戻った私を出迎えてくれた。こんな艦内で護衛任務もあるまいし、アナウンスで呼び出してもよかろうに。マジメな人だなぁ。

「…はい!」

 思わず緩む頬を何とか押さえながら、私は表情に気付かれまいと大袈裟に頷いて返した。



 N.C.24年 3/20日 11:37
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 通路 


 驚いたな。

 吾は、零群各機の現在の輸送状況について通信士官から報告を受け、それを志道准将及び大島大佐に報告し、二人より二・三のお小言を頂戴してから、リイチを探して、この核融合炉-要塞艦リュウゾウ・オネシロの主機-へと辿り着いた。

 その頃には、既に義兄上の言葉の意味を理解していた。即ち、義兄上・・・志道准将が言った「炉に灯を入れる」とは、「彼が超常の力で核融合炉を急速点火する」という意味だったわけだ。

 吾の目の前、数歩先を足早に進むその小さな姿からは想像もできない。見た目は完全に人間なのだが・・・歩くたびに左右へと尻尾の如く揺れる長髪 を目で追いながら、吾は束の間、考えに耽った。見え隠れする細い肩など、吾が触れたならば折れてしまうのではないかとさえ思える。

「尾根白中佐。」

 突如、寺崎特佐がクルリと振り返って吾を呼ぶ。む、気取られたか?

「そちらの機体は到着しました?」

 どうやら思い過ごしだったらしい。

「うむ。既に全機、艦第一格納庫に搭載作業中だ。」

 予定よりは随分遅れてしまったが、まぁ仕方ないだろう。

「それは良かった。C.E.L.L.のメンバーは私の学友達なんですけど、皆素人なので訓練しないと始まらなくて。」

 学生?・・・そうか、C.E.L.L.の構成員は確か、リイチと同年代の少年達で構成されていたな。情報によれば、リイチの能力の影響を受けて高適正パイロットとして目覚めているんだったか。

「リキとリサは高校入学したばかりだし、リオは高校卒業と同時にハサファのRPO軍訓練学校に渡しちゃって、友人4人組も高天原の
RPO軍訓練学校行きだし、ウチは今、稼働戦力が私一人だけなんですよねぇ。

  リオ・リキ・リサとは、寺崎家の四兄妹・・・即ち、リイチの弟達と妹君だな。2番目の弟であるリキ君は今回、何故かガイホウと意気投合し、この艦に乗る事 になったが。そういえばリイチは、リキ君の乗艦には学業を理由に徹底して反対していたな。戦力不足の現状と、北海道戦役が終結次第降ろすという事で、なん とか納得してもらったが。

「北海道には、わが精鋭たるアルマフト
統合軍遠征隊がいる。今 は補給等の問題から遅滞戦術が限界だが、この艦が合流できれば補給も磐石となり、巻き返しを図れるだろう。またRPOも、常設軍の部隊を青森の三沢 基地に展開させるという話だ。これと合流し、一気に北海道へ上陸して敵を掃討する。戦力に不足はない。」

 "戦力に不足はない"。その一言を、吾はなるべく自信に満ちた声で言い切った。だが・・・。

「RPO常設軍の装備なんて、型落ちもいいとこじゃないですか。」

 見返りの姿勢でジトッとした伏せ目をしたリイチに、嘘を責めるように言われて、吾は慌てて顔を逸らし誤魔化した。




 N.C.24年 3/20日 11:45
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 艦橋 


「お帰り、ご苦労様。」

 戻ってきた二人に労いの言葉をかけると、ジオは敬礼で、リイチ君は疲れた微笑で
応えた。

 斥力場能力の行使にはかなりの体力を消費するという話を聞いている。・・・やはり、あまり彼に無理はさせたくはないな。今回はまぁ、事情が事情であることからやむをえないとして。

「さて、そろそろ出発したいところだが・・・格納庫の状況はどうなってる?」

 マイクを手に取り、スピーカーのスイッチを入れ、チャンネルを第一格納庫に合わせて、呼び出しボタンを押す。程なくして接続ランプが点灯した。相手が受話器を取ったようだ。開口一番に作業の進行具合を問う。
 青森の三沢基地で一度補給を受けるスケジュールだと、そう遠くはない距離とはいえども、いつまでも宮城でのんびりしているわけにも行かない。この艦の搭載物資量を考えると、青森での補給作業は長時間になるだろうことが容易に想像できる。
 出発を前にしてやはり気になるのは、ここで搭載する予定の艦載機・・・義弟であるジオが率いる特殊部隊『
機動装甲特殊戦闘群(零群)』が装備する、5機のF2の搭載作業の進行具合だ。もともとがこの基地への移送状態で、それをほぼそのまま積み込むのだから、時間はかからんだろうが。

[こちら、第一格納庫の
那刳少尉です。零群各機、今しがた搭載作業完了しました。]

 その報告に、ジオが胸を撫で下ろす。ずっと気をもんでいたしな。少しは肩の荷も下りたろう。これで、本来の任務であるこの艦の『艦載特殊部隊』部隊長という仕事に集中できるといいが。

「よし、それでは出発する。」
 
 それだけ告げて、マイクを戻し通話を切断する。それから、クルリと振り返って艦橋の全員に宣言する。

「総員、発進準備だ。」



 N.C.24年 3/20日 11:50
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 艦橋 

「ゴライアスクレーン、退避完了。」

「融合炉、高圧タービン内の圧力上昇。発電機、定格出力を発揮中。」

「リパルサードライブへ電力投入。・・・空間斥力場安定発生。浮上開始します、艦長?」

「よし、『リュウゾウ・オネシロ』、浮上!高度1500ftに遷移せよ。」

 艦長-志道准将-の命令と共に音も無く、まるでそれが当たり前のことのようにゆっくりと重力に逆らって浮上する巨大な鋼鉄の要塞。



「アイ・サー!浮上開始、高度1500ft(457m)まで上昇します。」

 巨大な船体が空に浮かび、風を切る音だけが轟々と響く。無音の核融合炉と空間斥力場による反重力で浮いているので、エンジン音はない。強いて言えば、核融合炉の蒸気タービンが低周波の唸りを上げているが、人間の耳にはほぼ聞こえない。

「方位サン・ロク・マル。北に針路を取れ。」

「アイ・サー!方位3-6-0。真北に針路合わせ!」

「速度200kt、『リュウゾウ・オネシロ』、発進!」

「速度200ktで発進、アイ!第一ウェイポイント、十和田湖上空へ向かいます!」



 N.C.24年 3/20日 12:08
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 第七格納庫 


「お、いたいた。寺崎特佐!」

  機体の整備をしていた私を、後ろから明るい大声が呼ぶ。振り返れば、大柄なシベリアン・ハスキーかアラスカン・マラミュートっぽい犬獣人。でも微妙に狼っ ぽくもあるから、もしかして混血(ウルフドック)かな?人懐っこい笑顔にふっさふさの立派な尻尾をブンブン振って、アピールしている。今朝、腰のチェーン アクセで私を「ふんじばる」って言ってた獣人さんだ。

「飯の時間ッスけど、食いにいきません?」

「え?あ、本当だ。」

 指摘されて腕時計を見ると、もうお昼の時間だった。そういえばお腹空いたかも。

「いいすよね、ナグっさん。」

 
犬獣人さんが私の代わりに、作業責任者である牛獣人の那刳 猛雄(なぐる たけお)整備長に確認を取ってくれた。

「おお?勿論。悪かったな、りーちゃん。気付かなくてよ。よーし、野郎共、メシだメシ。」

 言われてはじめて気付いたのか、慌てて腕時計を確認して謝る
那刳整備長。おい、しっかりしろ作業監督者、と思わず苦笑してしまう。まあ、忙しいから仕方ないんだけど。

「いえ、自分で勝手に作業に夢中になってただけですから。」

 というか、私の機体は他の整備員では整備しきれない部分が山ほどある。クリスタルの能力をフル活用する、自分専用に徹底したチューンナップを施したんだから、当然といえば当然だが。

「”りーちゃん”ねぇ、へへへ。よっ・・・と。んじゃ、食いにいきますか。」

 
高所作業車を操作して、わざわざ私を迎えに来てくれたらしい犬獣人が、私の方に大きな手を伸ばして呼んでくれた。



 個人的なトラウマから、他人に触れるのは少々思うところがあるのだけれど、厚意を無下にするのも悪いのでその手を握る。
 手に伝わる、硬化した肉球の感触。それがしっかりと私の掌を握った瞬間、凄い力で引っ張られた。

「わっ!?」

 一気に引き寄せられた私の体を、その犬獣人は"待ってました"とばかりに大きな体で受け止めた。そう、モフモフの豊かな体毛と軍人らしい鍛え上げられた筋肉で。"ぽふん"とそこに収まってしまった私は、慌てて体を-心地良さに甘えてしまいそうな心ごと-引き剥がす。

「へへっ、すんません。思ったより軽いんスね。"りーちゃん"特佐。」

 ぐぬぬ・・・。三食しっかり食べても、長時間自転車漕いでも体重50kgに届かない私が、密かに気にしている事をあっさり言いやがって。このわんわんめぇ・・・。

「・・・ご飯食べたらその分重くなるよ。」

 口を尖らせて答える私を、わんわんは至極楽しそうに見下ろしている。んー、並び立つと体格差が目立つなぁ・・・。




 N.C.24年 3/20日 12:10
日本国 宮城県上空  戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 左舷船体下層通路 


「ところで、貴方は?」

 食堂へ向かう道すがら、今更過ぎることを聞いてみる。
 よくよく考えてみたら私、この軍人さんの事知らないや。尾根白中佐と一緒にいたのは覚えてるけど・・・。

「ハッ!申し送れました!自分は、アルマフト海兵隊隷下、
機動装甲特殊戦闘群所属のF2パイロットで、葉杉 雅郎(ハスギ ガロウ)大尉であります!りーちゃ・・・いえ、寺崎特佐!

 零群のF2パイロット・・・、つまり、尾根白中佐の部下ってわけだ。ってかいま、りーちゃんって言いかけてなかった?さっきは完全に言ってたし…。
那刳整備長の呼び方聞いて、真似したのかな?個人的には可愛らしくて(私には到底似合わないものの)気に入ってるから嬉しいんだけど、一応上官って事忘れられるのはちょっと困るかも?ほら、指揮系統的な問題とか。それくらいは流石に弁えてくれる・・・よね?

「ハスギ中尉ね。ありがとう。わざわざ私を迎えに来てくれたのは、尾根白中佐の命令?」

「いえ。あの朴念じ・・・うちの中佐は今、事務仕事に追われてるとこッスわ。んで、寺崎特佐の方にまで気が回らないだろうと考えまして。現場の判断っちゅーやつです。」

 
…まぁ、十分納得できる理由か。

 確かに、
尾根白中佐ってデスクワーク得意そうには見えなかったしなぁ・・・。てか、朴念仁て。いや、わかるけど。隊長の尾根白中佐は硬い印象だけど、零群って意外とフランクなのかな?もしかして、尾根白中佐も実は結構そういうキャラだったりして?・・・いや、流石にそれは無いな。想像できない。

「なるほどね。」

 頷いた私を満足気な笑顔で見ていた葉杉大尉だったが、次の瞬間、遠くから響く重い軍靴の音を耳聡く捉えて私の後方(つまり、格納庫からここまで来た道)を見たかと思えば、急激に表情を曇らせた。何ぞや。

「葉杉大尉、吾の許可無く寺崎特佐を連れ出して、何をしている?」

 響く重低音。猛獣の唸り声に似たその声に驚いて振り返ると、尾根白中佐が物凄く不機嫌そうな顔をして、早足でこちらへとやってくる。

「げェッ、たたた隊長!?書類の山に埋もれていた筈じゃ…?」

 狼狽えながら疑問を口にする葉杉大尉。

「『狩りは群れを組め』。先人は良い言葉を残してくれたものだ。」

 アルマフト版『三本の矢』みたいなことわざを得意気に披露しながら、尾根白中佐は私のすぐ隣に並び立ち、さもそれが当然の事であるかのように自然に私の肩をその太く大きな左腕で力強く抱いた。

「群れってなんスか?群れって。」

 狩りってなんですか?狩りって。私も訊いてみたい。

「アマガネ・シヤマ・カイラと、吾を含めた4人だ。」

 葉杉大尉が へ? と間の抜けた声で驚いたように目を見開く

「アイツらに手伝ってもらったんスか?なんでも一人でやらなきゃ気がすまない隊長が?」

「勘違いされては困る。普段から頼りきりでは良くないと考えているだけだ。必要と判断すれば手も借りる。」

「その割には、しょっちゅうアマちんの申し出断ってるじゃないスか。」

 葉杉大尉が抗議するように言うと、尾根白中佐は首を横に振って答えた。

「アマガネは吾に尾根白 龍蔵という英雄の影を見て、それに仕えようとしているからな。父親の威光に頼る気は毛頭ない。そんなことよりも葉杉大尉、特例的な事情でもない限り、寺崎特佐は吾がエスコートする。今回のような気遣いは今後、無用だ。」

 尾根白中佐はそれだけ告げると、その場で唖然として固まっている葉杉大尉を捨て置いて、ズンズンと強歩で先へと進んでいく。私の手を引っ張るように握りながら。力強く彼に引っ張られる私は、それに従うよりほかない。

 あ、でも歩調には少々自信があるぞぉっ。ついつい他人より先行しちゃうのはご愛嬌ってことで。
尾根白中佐の長い足が繰り出す歩幅にも全く負けず、私はスタスタとついていく。常日頃から競歩気味なんだよね、私って。

「寺崎特佐。」

 
尾根白中佐が低い、唸るような声で私を呼ぶ。思わず、迂闊な行動を叱責されるのかと思い身を固くする。

「何故、吾が迎えに行くまで待っていてくれなかったのだ。」

 怒られるかと思ったらやっぱり怒られた。ああ、
尾根白中佐は真面目だから、自分の仕事を他人に取られてご立腹みたい。ここはなるべく穏便に…。

尾根白中佐が忙しそうという話を葉杉大尉から聞いたのと、彼の折角の厚意を無碍にするのも気が引けますし、私自身お腹が空いていたからです。

「・・・そうか、気が回らなくてすまん。」

 ありゃ、大きな体のライガー獣人さんは背を丸めて尻尾もクルンと畳んでシュンとしちゃった。仕事にプライドのある
尾根白中佐としては、思う所があったらしい。

だが、次回からは必ず迎えに行く。待っていて欲しい。」

 ハッキリと、力強くそう言い切った
尾根白中佐はこちらを振り返って背筋を伸ばし、私の目を見据え…目を合わせるのは苦手なので私は慌てて視線をずらすけど。

「わかりました。」

 視線が苦手な私は、彼の力強い眼差しに若干の居心地悪さも感じながら、そう答えるのが精一杯だった。




 N.C.24年 3/20日 12:16
日本国 宮城県上空 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 ワードルームM(マイナー) 


「というわけで、吾等の護衛対象となる寺崎 利一(リイチ)特佐だ。」

 6人がけの長方形をした食事テーブルの主賓側に座らされた私は、給仕係にスパークリングオレンジを振る舞われて(流石海軍式!)乾いた喉を潤してから、残りの座席にかけている零群の5人に自己紹介を始めた。

「改めまして、ご紹介に与りました寺崎 リイチです。特設のRPO支援機関C.E.L.L.(セル)の代表を務めています。現在は次世代機向けの新技術開発・実証機である、TF-1X、コードネーム『イクス』の開発責任者とテストパイロットを 担当しています。エレメンタル・スタビリティ・ドライバー(ESD)能力も保持しており、最大開放時は『オーバークラス』となります。つまり、自衛戦闘能 力はF2、生身問わずそれなりにはありますから、皆さんの本来任務にあまり負担をおかけすることがないよう努めたいと思っています。」



「アマちん、ESDとか『オーバークラス』ってなんだ?」

 葉杉大尉が、左隣りに座ってるゴールデン・レトリバー種の獣人に尋ねると、訊かれたゴールデンレトリバー種の彼-アマちんさん?-は呆れ顔で口を開く。

「ハスギっちはちゃんと勉強しよ?」

 うん。私の事って、F2操縦者は基本的に知ってるものと思ってたけど、まぁ私の個人情報保護との兼ね合いもあるから、線引が難しいのかな。でも、ESD自体知らないのは流石に不勉強過ぎる。獣人を含めた"人類"の中でも、能力者はポツポツとだけど見られるんだから。

「ESDは高エネルギー生成による超次元現象の発生能力、簡単に言ってしまえば現在科学的に解明されている超能力だな。オーバークラスは部分的解析不能を含む"人類最高位"の意味だ。」

 呆れて開いた口が塞がらないという風の"アマちん"さんに代わって、長い頭髪で目元を隠した牛獣人…何てったっけ、この体毛がサラサラで長いタイプ。『ハイランド』?
 因みに整備長の
那刳さんは水牛種。頭髪以外に殆ど毛のない彼と比べると、同じ牛なのかとすら思えてしまうくらいに違う。

「いやお前ら、まずは自己紹介しろよ。葉杉なんて後回しで良いだろ。」

 クーガー(ピューマとかマウンテンライオンとも)種のスラリとした少尉さんがピシャリと諌めると、犬と牛の2人は揃ってハッと我に返ったかのようにこちらを見て、一旦顔を見合わせ、次いでゴールデンレトリバー種の方から口を開いた。

「確かに。失礼しました、特佐。自分は天金
 健太(アマガネ ケンタ)少尉です。零群ではMB12に搭乗し、電子戦支援を担当しています。」


 天金…金天-ゴールデン-?零群でも人一倍小柄な彼は、凄く親近感が湧く。MB12に乗ってるのかぁ。対レーダージャミングで活躍してくれそう。

 と、今度はハイランド種の牛獣人が筋肉と脂肪のぶ厚そうな巨体で真っ直ぐに立ち上がって口を開いた。

「自分は、
灰羅 大悟(カイラ ダイゴ)中尉であります。四式に搭乗し、部隊のマークスマン(選抜射手)として、中距離から特佐をお守りいたします。



 ふぅ、と息を吐いて、今度はピューマ(マウンテンライオン)種のスラリとした彼が立ち上がる。背高っ!

「自分は、
獅山 飛午(シヤマ ヒウゴ)少尉です。カイラ中尉と同じく四式に乗ります。フォワードメンバーの一人として、尾根白隊長及び葉杉大尉と連携して前線を張ります。」


 (あ、立った方が良いの?)みたいな顔で左右をキョロキョロ見て、アラスカンマラミュートかシベリアンハスキーか狼っぽい大男は少し間を開けて立ち上がった。やっぱ体大きいなぁ。

「先程の自己紹介の繰り返しになりますが、自分は
葉杉 雅郎(ハスギ ガロウ)大尉です。シヤマの紹介にも一部ありましたが、ポジションはフォワード、MB6A2にて戦列形成、突破攻撃などを行います。あ、因みに付け足すと、俺は犬じゃなくてウルフドッグ種(犬と狼の混血)なんで、そこんとこどうぞ宜しく…でありますっ!」

 あ、やっぱり混血なんだ。ウルフドッグって原種は兎も角、獣人ははじめて見た。


 最後に、私が座る主賓席の真向かい…つまり主人席に座っていた尾根白中佐が立ち上がる。この部隊で一番体が大きいんじゃないかな、この人。

「吾は、アルマフト軍が英雄、尾根白 龍蔵(オネシロ リュウゾウ)の息子
、尾根白 路雄(オネシロ ジオ)中佐だ。とは言え、余りその事を意識されるのも苦手なので、気にしないで欲しい。この『機動装甲特殊戦闘群』の部隊長を務めている。ポジションはフォワードだ。葉杉、獅山両名と共に、戦列を構成する。乗機は1式H型だ。」


「(1式Hて、うわ古…。)」

 ちょっとアルマフト軍に文句を言いたい気分になった。なんで特殊部隊の隊長がそんなオンボロ旧式な機体に乗ってるんだ。1式Hは1.5世代機、4式は第2世代、MB6A2は第2.5世代、MB12は第3
世代。って、部下の方が最新鋭機じゃないか!

 でも、当の尾根白中佐は気にもしていない御様子。
よっぽど実力があるんだろうなぁ…。まぁ、使い慣れた機体の方が良いって人もいるか。無理矢理納得してみる。

「寺崎特佐には今回、北海道で予想される戦闘に参加して頂く。吾等零群はこれを全力で支援する。」

「「「「サー!イエッサー!」」」」

 尾根白中佐の令に、零群の隊員4人は揃って応えた。



 N.C.24年 3/20日 21:00
日本国 青森県上空 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 CDC 

「(もう21時か…。)」

 壁のデジタル時計を見やると、丁度夜に突入したところのようだ。

 『リュウゾウ・オネシロ』の艦内奥深くにある指揮統制センター(CDC:Command Direction Center)は窓がないため薄暗く、ずっといると時間感覚がなくなってくる。

 さて、仕掛けてくるとしたらそろそろだと思うが…。

「状況は?」

 各センサーを使って周辺を捜索しているスタッフ達に尋ねる。

「レーダーは平静を保っています。」

「IRスキャナー、熱源見られず。」

「望遠カメラ、異常ありません。」

 各部署が平常を報告してくる。と、CDCに隣接して設けられた小部屋にあるSFIC:スーフィック(戦略要塞情報センター)の扉が開き、中から虎獣人が出てきたかと思えば足早にこちらへと歩み寄ってきた。

「ん、覇馬少佐?」

  覇馬 岩武(ハマ ガンブ)少佐。彼は、ジオが誕生直後から育てられた覇馬家の本来の長男だ(覇馬家ではジオの弟として育てられてきたらしいが)。この要 塞艦における彼の役割は、SFICの先任分析士官。様々な情報を収集・集積して分析し、それを戦闘指揮官や私のような参謀役に報告するのが仕事だ。
 基本的に多忙の身であり、それ故にSFICからは滅多に出てこない彼が、手に情報端末を持ったまま足早に歩いてくる。その表情は険しい。つまりは、何かあった訳だな。

大島参謀長殿、お伝えしたいことが。」

 訓練通りではあるが、少し強張った口調で報告を始めようとする彼に、ささやかな同情-訓練航海も無しでいきなりの本番だ-を感じてしまうのは、恐らく俺だけではないだろう。

「聞こう。」

「は、申し上げます。日本上空の警戒衛星が、日本海で複数のSLBM(潜水艦発射式弾道ミサイル)らしきものの発射を探知、青森県上空で空中分解しました。三沢基地の航空F2部隊が調査に向かっているところです。」

「SLBM?全て空中分解となると核ミサイル等の攻撃兵器ではなさそうだな。・・・となると、恐らく例の射出ポッドか。」

  状況から思い浮かぶのは、ルーシ共和国連邦が保有する潜水艦発射式のF2用強襲ポッドだ。これは弾道ミサイルをベースに設計されており、海中から発射され 一定の高度・速度・距離を飛翔した後、空中で展開し中に搭載されたF2を放出する。基本的に、ルーシ共和国海軍歩兵が強襲原子力潜水艦に搭載し、運用して いる。

「我々SFICもそう考えています。警戒の必要性を進言いたします。」

 私と覇馬少佐・・・いや、彼が所属するSFICの情報分析班は、どうやら同じ考えに至っているらしい。
 それにしても、やはり敵は攻撃を仕掛けてくるか。北海道への合流阻止が目的か、この艦そのものが目的か、或いはその両方か…。

「わかった。…総員、警戒レベルを3に上げる。対空見張りを厳と為せ!」



 N.C.24年 3/20日 21:05
日本国 青森県上空 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 CDC 


「対空捜索レーダーに反応!数8、真っ直ぐこちらに向かってきます!」

「IRスキャナーでも確認!飛行型F2です!」

「望遠カメラ、目標を捕捉!画像解析出ました!ルーシ製TGD-1と思われます!」

「ECMを探知、ECCMで対応します。」

「全艦、対空戦闘用意!」





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