第一話 『人獣対面(だいいちいんしょう)』

 A.D.1979年 7月 『ドゥームズ・デイ(審判の日)』

 ユーラシア大陸中央部、
イラク共和国領内の北部、ハトラ遺跡付近に、巨大な小惑星が"落着"した。

 天体名『ポム』。

 更に、人類が行った軌道上での
核ミサイルによる迎撃も虚しく、攻撃によって生じた無数の巨大な『ポム』の破片は世界中に降り注ぎ、人類が築き上げた物を嘲笑うかのように破壊し、蹂躙する。

 未曾有の大災害を生き残った人々は、変わり果てた世界の中にあっても尚、生き続ける事を選んだ。

 それから24年・・・。

 新暦:N.C.24年の春より、物語は始まる。


 N.C.24年 3/20日 AM 9:32
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 メインゲート内側 


 エアコンの効いた車から降りると、心地良い温度とベタついた不快な塩気を含 んだ海風が、吾の短い体毛を揺らす。

 …むぅ、着いて早々だが湯浴みがしたくなるな。やはり海という場所は好かん。

 基地のメインゲートから少し走った程度であるにもかかわらず、もうこれほど海風を感じるというのは、成程基地の外周に沿っ て植えられた防風林というものが、実に偉大である事を実感出来る。

 基地フェンス外からも既に見えていたが、吾の向かって左手には呆れるほど巨大な"物体"が鎮座していた。こうして間近に見 ると、改めて驚かされるな。

「これが『戦略要塞艦』って奴ですか。国の偉人の名前を背負ってるだけあって、デッケェなぁ。」

 送迎車を運転していた部下-葉杉 
雅郎:ハスギ ガロウ-が、その船体を見上げて感嘆の声を漏らす。そんな彼も、人間に 比して大柄が多い獣人の中に あって、上背も高く筋骨隆々、巨躯を誇る吾に並ぶほどだ。彼は、狼獣人と犬獣人の混血-所謂"狼犬"-なのだそうだ。
 種族間での混血は、様々に特殊な身体的特異性が出る事が少なくないという。
 特に"狼犬"の場合、巨躯に育つ事がままあるらしい。かくいう吾も、雄獅子と雌虎の混血-ライガーと呼ばれる-なのだが、 この場合も、獣人化以前の"原種"の頃から巨躯に育ち易いのが特徴だったらしい。

「『リュウゾウ・オネシロ』。コールサイン『ファフニール』は、『尾根白 "龍蔵"』の漢字から捻って・・・ってことなんで すかね?」

 
車に乗っていたもう一人の部下-灰羅  大悟:カイラ ダイゴ-も助手席から降りて要塞艦の名前について語りだした。ハイランド種の牛獣人である彼 は、その豪快そうな見た目に反して、案外と薀蓄が好きな男だ。

「『ラインの黄金』を独り占めした男『ファフニール』が、黄金の指輪を奪われないように『嫉妬の洞窟(ナイト・ヘーレ)』に 篭っていたら、『黄金』の呪いで竜(ワーム)になっちゃった物語・・・だっけ?」

 吾等の中では比較的小柄なレトリーバー種の犬獣人の部下-天金 
健太:アマガネ ケンタ-、が、いつもの様に豊富な知識 を披露する。彼と灰羅はこの部隊の知恵袋というべき存在だ。

 なるほど、そのような由来があったのか。我が父の名の字を捩ったコールサインとは、流石は義兄上-志道准将-が計画を指揮 しているだけある。あの方はいつも小洒落ているからな。吾も見習わねば。

「ワーグナーのオペラ『ニーベルングの指輪』だな。原典のケルト・北欧神話では細部が色々違うらしいが。我々の部隊章にも なっている。」

 スルリと、"降りる"というよりは"抜け出る"と形容した方が正しいとすら思えるほどしなやかに車の後部座席を後にして、 クーガー種(ピューマやマウンテンライオンという呼び名もあるらしい)の細いながらも筋肉質で大柄な体を"ぐい"と伸ばして、その部下-獅山 
飛午:シヤマ  ヒウゴ-は自身の着る軍服の左上腕部に縫い付けられている部隊章を指した。

「隊長ご本人としては、御実父上(おちちうえ)のお名前を戴く艦というのは如何です?やはり、感慨深いものがありますか。」

 アマガネが、吾を見上げて目を輝かせながら尋ねた。アマガネは吾が実父-尾根白 龍蔵-の信奉者なのだ。
 その忘れ形見で、唯一直系男児たる吾が独 立部隊を編成し率いる事になったと聞いて、真っ先に転属願いを出して来たほどに入れ込んでいる。・・・だがあくまでも、吾は実父その人ではない のだが。

「そうだな。この名と戴いた血肉に恥じぬよう、身が引き締まる思いはある。」

 吾、尾根白 路雄(おねしろ じお)は、正に我が実父の名を冠する艦の威容を前に、改めて背筋を伸ばした。

 …ゴキリと、背骨の関節が音を立てた。

「あー、やっぱウチらデッカい4人+チビガネで歩兵機動車一台に同乗は無理っすわ。」
いくら仕様上5人乗りとはいえ、流石に窮屈ですね。体の柔かいシヤマは兎も角、自分は牛なので…。」
「ヒトを軟体動物みたいに言うな。」
「むぅ、申請書類が面倒でな…
筆仕事は性に合わん。
「じゃあ、それは次回から自分が書きますから。あとハスギ、チビって言うな!」
「…次は頼むとしよう。」


 N.C.24年 3/20日 AM 9:39
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 中央テスト場付近 


「おー。ここが試験場かぁ。んで、ヘタりこんでるこいつが、"イチ兄ぃ"の今 の玩具ってわけだ。」



 朝の眩しい日差しを翳した手で避けながら、俺はそのF2を見上げて独り言をふと呟いた。

「俺が受け取る予定の機体は…と。」

 次に、右手に持っていた小さなメモ用紙へと目を移す。

「んー、イチ兄ぃは"空飛ぶ"つってたし、それならこれじゃなさそうだなぁ。」

 そもそも、呼び出されている場所はここじゃねぇし。

「もー!第四格納庫ってどれだよぉっ!」

 遠くに、それっぽい建物が幾つか並んでやがる。どれが第一でどれが第四なのか、さっぱりわかんねぇよ!てか、そもそも格納 庫ってどれだよ!

 …右手側の遠くに四つ、同じ建物が並んでるから、アレか?でも、番号とか書いてねぇぞ!

「あーもう、こんなことならやっぱ正門前で待ち合わせしとけば良かったぁ!」

 自分の考えの浅さに、腰から思いっきりガックリと項垂れる。周りの人達に変人だと思われちゃうよなぁこれ。

 イチ兄ぃと電話で話した時に、兄ぃが気を使って正門まで迎えに行くって言ってくれたんだけど、つい意地張って引き渡しの現 地集合にしちまったんだよなぁ…。いや、行けると思ったんだって!
 そういや、正門でイチ兄ぃからもらった臨時パスを警備兵のおっちゃんに見せたら、スゲーびっくりされたなぁ。
 『寺崎 利一』の名前部分指差して、もう一人のおっちゃんに軽く興奮しながら見せてたっけ。ホントに有名人なんだなぁ、イ チ兄ぃって。…って、いやいや、今はンなことどうでもいいんだよ。

「兎に角、男なら当たって砕けるしか無いよな!」

 イチ兄ぃが聞いたら、「玉砕思考なんて敗者の悪足掻きだ」って一蹴されそうだけど、今の俺には前進あるのみなんだ!

 そう、『迷子』などという不名誉な謗りを受けないためにもな!


 N.C.24年 3/20日 AM 9:44
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地中央テスト場付近 


 5人でぞろぞろと並ぶでもなく、広がるでもなく歩き、正門から道なりにやっ てきた場所は、どうやら基地中央部のテスト場のようだった。

 我等の目の前には、テスト待ちなのだろう見慣れない機体が鎮座している。

 確か、資料ではTF-1J…だったか。アルマフト統合軍で開発設計された最新鋭の第三世代型汎用F2、TF-1『王牙』の 派生型で、白兵戦闘型に改設計されていた筈だ。

 その左肩に描かれているエンブレムは、我が国アルマフトの軍開発実験団の物だな。

「あれ?もしかしなくても、そこにいるのは叔父貴じゃねーっすか?」

 む?横から出し抜けに、聞き覚えのある声に呼びかけられた。この声は確か…。

「凱鳳(ガイホウ)か?」

 右を向くと、そこには吾やハスギにも負けず劣らずの大男が、カーキ色のタンクトップにアルマフト陸軍制式のフィールドカー ゴパンツというラフな格好で立っていた。

「隊長、お知り合いですか?」

 カイラが吾とガイホウの顔を覗き込むように交互に見ると、首を捻った。確かに、吾は獅虎(ライガー)種で、ガイホウは耳の 形状以外が人間のそれだ。人間と獣の中間のような、不思議な形状の耳には獣毛が生えており、加えて、腰からは豊かな毛の生え た太い尻尾も伸びている。
 実は、ガイホウは狼獣人の血を引いているのだ。

「親戚だ。吾の甥に当たる。」

「尾根白龍蔵の孫ですか!凄い!感激!」

 アマガネが、ガイホウの周りをくるくる回ってはその巨体を見上げて矯めつ眇めつし、はしゃぎだした。こうなると少々うるさ い男かもしれん。

 さて、話を戻そう。大島 
凱鳳(ガイホウ)。吾の三番目の姉上の息子で、つまりは吾の甥だ。大島家三兄弟の次男坊で、昔から大暴れして は吾や年長孫であるバンの手を焼かせてくれた問題児である。
 −尤も、今ではすっかり角が取れて丸くなってくれたようだが。

「成程。隊長の親戚ならこの巨躯(カラダ)も頷けますね。」

 ハスギがウンウンと首を縦に振って言う。
 ・・・ところで、貴官は他人の体躯に関して、どうこう言えるのだろうか?吾やガイホウと素で目線が合う人間など、殆ど見た 事がないぞ。

「いや、こいつは一族の中でも規格外…。待て、そんなことよりもだ。ガイホウ、そもそもお前はこんなところで何をしている。 学校はどうした?」

 右腕に着けていた腕時計型デバイスで、本日の日付と曜日を確認しガイホウに示す。見ろ、今日は平日だぞ。

「い、イヤイヤイヤ!?サボリとかじゃなく、新型機の受領に、兄弟代表でェ…ッ!」

 吾お得意の、『肉体言語による説教』が始まるかと、ガイホウが突然怯えはじめる。狼らしい太い豊かな毛並みの尻尾が股の間 に折り畳まれ、慌てて言い訳 するかのように、こちらの顔色を窺うような口調で理由を説明し始めた。

 と言っても、その最初の一文で吾が理解するには十分だったが。

「ああ、龍一(リュウイチ)はまだ治療中だったな。」

 リュウイチは、ガイホウの兄で大島家の長男の名だ。現在は、先のユーラシア某国で発生した民族紛争への介入作戦中に悪化し た"特異な持病"を治療する為、療養中らしい。

「そうなんすよ。ホラ、親父もお袋もこの要塞の乗員でしょう?兄ぃはエレメント症の治療中だし、そうなると俺か豪天しかこういう仕事はできねぇし。年上って辛いっすわー。」

 なるほど、納得できる。ああ、豪天というのは、ガイホウの弟で、大島家の三男だ。

「それにしても、なんで日本でうち(アルマフト)の最新鋭F2を調整してるんだか。」

 わざわざ日本まで来る羽目に…とガイホウの恨み節が炸裂しているが、こういう時は無視に限る。

 …しかし、改めて言われてみれば確かにその通りだ。日本で建造された『リュウゾウ・オネシロ』や、その搭載機となるF2が日本にあるのは当然の 話だが、吾の知る限り、大島三兄弟は搭乗員ではなかった筈だ。そも、まだ未成年で学生の身分である彼等が、要塞の乗員となるなど到底ありえん。

 では、なぜ彼等のF2がここにあるのか。技術開発的な調整であれば、それこそ開発試験用の試作機でやればいい。低率
初期生産(LRIP)機(所謂、先行量産機)を配備されたであろう筈の彼等が、その機体を日本で受け取る必要があるのは何故か。

 従来なら、配備予定基地で直接か、生産工場のあるアルマフト南西部、ハラト県のレイ・アーク・インダストリーズ社 (RAI社)格納庫で引渡しが行われる筈だ。
 かくいう吾も、自身のF2を受け取ったのはハラト県のRAI社格納庫だった。となれば・・・

「恐らく、ここでしか出来ない"何か"があるのだろうな。」

 吾の言葉に、ガイホウは納得いったようないかないような、複雑そうな表情を見せた。


 N.C.24年 3/20日 AM 9:53
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 第四格納庫 


 よーっし、この格納庫が最後だな!

 結局、4つ並んでた格納庫を端から当たってみた結果、第一からスタートしちまって丁寧に一個ずつ第二・第三ときて、最後の四つ目がここだ。

「すんませーん!」

 心身共にいろんな意味で疲れた俺は、右手にくしゃくしゃになったメモ用紙を握り締め、半ばキレ気味に声を張り上げて呼びか けた。

「へーい?…なんだボウズ、社会科見学か?ここは機密エリアだから入っちゃダメだぞー。」

 整備用の・・・なんつーんだっけ?でっけぇ上向きのマジックハンドみてぇな奴の先に、足場がある奴。・・・まぁいいや、 『マジック足場』で。その上に乗ってなんか整備してた二足歩行する牛のおっさん(つまり、牛獣人だな)が顔だけ振り向いて雑に 答えた。

 ボウズってなんだよ。俺は中学生だぞ!・・・あ、オッサンから見りゃ、15才未満なんてそりゃ"ボウズ"か。

「いや、社会科見学で軍の機密エリア入れちゃマズいっしょ。俺は寺崎 利樹(リキ)。イチ兄ぃ・・・じゃねーや、寺崎 利一 (リイチ)の弟っす。兄から、機体を受け取るよう言われて来たんすけど。」

 どうもこういう、目上の大人と話すってのは経験が無いからわかんねぇや。

「あー、はいはい。弟クンね。りーちゃんから話は聞いてるよ。俺は、アルマフト軍の整備のおっちゃんで、那刳(ナグル)ってん だ。丁度、君の機体を調整してたとこさ。」



 俺の機体であろう、飛行ユニットを背負った背後の赤い機体を指差して、おっさんは笑う。

「・・・しっかし、全身真っ赤っかとはボウズ、ド派手なオーダーするねぇ。」

 イチ兄ぃにも言われた事を、今度はおっちゃん・・・ナグルさんだっけ?にも指摘される。あー、やっぱ変なのか。
 最初に色の希望を聞いたイチ兄ぃなんて、兄貴と二人で修羅みたいな顔して俺に機体色と迷彩、視認性の重要さを説明したっ け。W兄ちゃん'sのお説教は脳に効くもんだと、あの時初めて知った。

「いや、やっぱ男なら"戦隊・レッド"に憧れるっしょ!そも、兄ちゃん達の機体はド派手に真っ白じゃないっすかー。」

 俺が反論すると、ナグルさんはクックックッと押し殺した笑いで答えた。あ、やっぱおっちゃんもそう思うんだ。あのド派手に 白い機体を見てたら、赤くらい許される気になっちゃうんだよ!そうだ、俺は悪くねぇっ!

「そうだよなぁ。ボウズみたいなの、嫌いじゃないぜ。・・・おっと、ESDの調整器が必要だな。ボウズ、持ってくるから ちょーっとそこで待っててな。」

 『マジック足場』を操作して、足場部分を降ろすと、ナグルさんはその重厚そうな見た目に反してピョンと軽やかに飛び降り、 スタスタと格納庫の事務所に消えていってしまった。

「・・・へーい。」

 突然置き去りにされた俺は、どうにか返事だけして、恐る恐る格納庫の中に進む。

 そこに佇む赤い巨人、つまり俺のF2を見上げると、ふとその隣が気になった。

 緑色の巨人・・・いやF2。確か、妹の利沙(リサ)が緑色希望だったっけ。てことは、俺のF2の隣にいるくらいだし、これ はリサのか。

 んー。中学生で自分専用のF2を持ってるって、まるでSFロボアニメの主人公みたいだよな!・・・まぁ、つってもこれにマ トモに乗るようになるのは、高校卒業後って一応決められてるんだけどさ。今はまだ、データ取りの為に時々乗る事になるだけみ たいだし。

 でもでも、中学生で専用機だろ?

 時々"実験"で乗るんだろ?

 やっぱ主人公みたいで・・・

「えへへへぇ・・・。のへぇあ!?」

 悦に浸っていた俺を、背後から襲う突然の衝撃。首根っこを捕まれたぞ!? なんだ?なんなんだ!?
 慌てて、足をバタバタ振ってみるが、何の役にも立たない。ですよねー。ってか俺、浮いてる!?空中浮遊〜!なんて馬鹿言っ てる場合じゃねぇぞこれ!

「ちょ!? な、なんすか!?なんなんすか!?襟掴んでるの誰っすか!?ってか、降ろせよ!」

「なーんでこんなトコに、ガキがウロついてやがんだぁ?」

 俺の抗議に対して、後ろから投げつけられた声は、低くて野太い、猛獣の唸り声みたいな凄みのあるものだった。思わず怯んで しまう。

「い、いや、俺は・・・」

 な、なんとか説明しねぇと、これは・・・殺される!?
 恐怖で震える喉を奮い立たせて、なんとか言葉を紡ぐ。

「迷子かぁ?迷子は迷子センターに・・・って、基地の迷子センターって何処だよ。」

 ・・・まいごぉっ?今この人、俺を迷子って言ったか?おのれ言うてはならん事を・・・!俺が何の為に苦労して、格納庫を一 個一個虱潰したか。てか今考えれば、第一格納庫があったんだから、その反対側の4つ目の格納庫にすぐ行けば良かったんだよ な。俺ってアホだわー。

 あ、なんかすげームカついてきた。折角だし、八つ当たりしよ。けってーい!

 俺の服の襟を掴んでる、でっかい手の形を頭の中でイメージする。その手を弾き飛ばすように、内側に弱い斥力場の種を展開す る。集中して、種が破裂する魔法の呪文を唱えよう。

 リパルサー・ポイント!(斥力結点!)

 パチン!

「ってぇっ!」

 強力な静電気が走った時のような、小さくて軽い破裂音がすると、宙に持ち上げられていた俺の体は開放される。ストンと両足 が床に着いて、俺は急いで振り 返った。考えてみりゃ、お偉いさんだったりしたら大変だ。いや、流石に加減はしたから、怪我はしない筈だけどさ。ちょっとし た抗議の悪戯程度でも、またW 兄ちゃんズの『お説教ターイム!』に突入しかねない。頭に血が上ると軽率な行動をしてしまうのは、俺の欠点の一つって昔から言われてるし。

 ・・・大丈夫そうだな。だって、カーキ色のタンクトップにミリタリーパンツなんてラフな格好、お偉いさんは普通しないだろ うし。

 しかし、すげーでっかい体だなぁ。背を丸め、左手を押さえて、確かめるように開いたり握ったりしてるから、少しは小さく見 えてる筈だけど、それでも俺か らすると山のようにデカい。まぁ、俺が比較的小柄な方ってのはあるけどさ。筋肉とか、肉屋のショーウィンドウに並んでる塊肉 みたいな事になってるぞ。軍 人ってこえー。

「どした!?」

 ナグルさんが慌てて、事務所から出てくる。そりゃ、格納庫で「痛い」なんて単語が聞こえたら、怪我人が出てないか心配する よな。責任問題だし。

「あ、ナグっさん。いや、なんか迷子がいたんで保護しようとしたんすけど、いきなり手を弾かれて・・・。」

「首根っこ捕まえて持ち上げといて、何処が"保護"なんだよ!」

 しれっとナグルさんに自分の行動を棚上げして話すこの筋肉ダルマな大男に、俺は思わず怒声をぶつけた。

「いや、迷子か不審人物かもわからねぇし、身柄の拘束は普通だろ?」

 そう言ってまったく悪びれる素振りの無い大男は、左手をオーバーにブンブンと振ってみせた。俺への嫌味のつもりか?

「・・・まぁ、身柄の拘束についてはわからなくもねぇが、方法はちゃんと考えてな、ガイホウ。相手が悪いと、首が飛ぶぞ。色 んな意味で。」

 ナグルさんが右の眉をピクピクさせながら、辛うじて笑顔を保ちつつ大男−ガイホウ−を窘める。

「えー、でも、こんな可愛いチビっ子っすよ?大人が相手ならこんな事しませんて。」

 ガイホウさんは、俺の頭をグリグリと撫で回しながら言った。あーもう、折角今朝セットした髪型がグッシャグシャに!

「・・・その子はな、下手な大人より扱いがヤバい子なんだよ。」

 ナグルさんが、頭を抱えながら呟くように言った。ヤバいって・・・そんな狂犬かなにかみたいに言わなくても。あ、確かにイ チ兄ぃはヤバいかも?でも俺はあんな狂犬じゃねぇっすよー?


 N.C.24年 3/20日 AM 9:59
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 司令部庁舎前 


「ふぇっくしょん!あー、リキが怒ってるなーこれは…。

 
む?

 基地到着の報告の為に、司令部に赴こうとしていた吾らの目の前に、突然の非日常的な存在が飛び込んできた。

 小柄で華奢な体、白い制服のようなものの隙間から見えるのは、およそ軍人らしからぬほっそりとした首と手足、そういえば腰 のくびれもまた細い。全身か ら、筋肉らしいものが見受けられない。まるで、肌に張りとつやのあるミイラのようだ。それに、肩甲骨の辺りまで伸びる綺麗な 長い黒髪。一見してその後姿は 女性である。先程のくしゃみと呟きはここが発生源か。

 その女性は、ゴソゴソと手元のバッグを漁っている。

 不審人物だ。

 真っ先にそう思った。日防軍(日本国防軍)でも女性の隊員は徐々に増えてきているそうだが、皆それなりに体を鍛えるので筋 肉がついている。それに、上下 とも軍服とは思えない青のラインが入った白い制服。カーキー色ばかりの作業服か、緑を基調とした迷彩服を着る軍関係者とは、到底思えない。

「隊長、どう思います?アレ。」

 アマガネがマズルの鼻筋に皺を寄せ、警戒を顕にして吾に問う。どう、と訊かれても、所感を答えれば良いのか?

「不審な人物、だな。」

 率直に答える。シヤマとカイラが拍子抜けしたように肩を落としたが、何だ違うのか?

「ですよねぇ。身柄を拘束しないと。」

「いや、不審人物ではあるが、態度が非常に堂々としている。関係者である可能性が高い。」

 即時逮捕・拘束を提案するアマガネに対し、穏健な対応を主張してカイラが反論する。
 確かに、いきなり強硬な方法は拙いな。とはいえ、もし侵入者であれば、直ちに行動する必要がある。あのバッグの大きさ的 に、プラスチック爆弾なら1kg程度は入っているだろう。庁舎を吹き飛ばすには十分な量だ。

「おお、荒事なら任しとけ。」

 ゴキゴキと腕や指を鳴らして、ハスギは意気揚々と歩み出した。慌ててシヤマがそれを静止する。

「いや、どう見てもお前の出番は無いだろ。」

「わからんぞ。日本にはNINJAってのがいるんだ。ありゃKUNOICHIかもしれねぇ。見た目に騙されて油断するのは危 険だ。」

 シヤマとハスギは各々意見を対立させ、カイラはアマガネにこういった状況における対処方法を軍のマニュアル(いつも胸ポ ケットに忍ばせているらしい)を見せて説明し、アマガネはそんなマニュアル対応を批判している。

 ・・・これは、吾が行くしかないようだな。

「失礼だが、そこで何をしている?」

 吾は女性に歩み寄って、声をかける。極力、威圧的にならないよう、しかし、憲兵的な凛とした口調を心がけて。

「え?あ、す、すみません。IDカードが見つからなくて・・・。」

 その女性は、こちらを見上げると大慌てで手元のバッグに視線を戻した。・・・こちらを正視できんとは、怪しい。

「なるほど。では、貴官の所属と氏名、階級は。」

 軍人に対しては、至って普通の質問だ。これに答えられない軍人はいない。捕虜ですら、答える義務がある内容だ。

「えっと、名前はリイチ・テラサキです。所属は・・・あれ、民間組織の場合ってそのまま答えればいいのかな?あ、でも、一応 RPOの機密に該当するっけ?ごめんなさい、ちょっと答えて良いかわからなくて・・・。階級は無いです。多分、今日それにつ いての話が・・・。」

 益々怪しい。答えも不十分なら、答え方もしどろもどろだ。何より、合間合間に手元のバッグを漁っている。しかし、リイチ・ テラサキという名前には聞き覚 えがある。RPOに協力する重要人物の名だ。だが、吾が知っている限り彼は男性と聞いている。間違っても、今吾の目の前にい るような長髪で華奢なほっそりした柔 らかい輪郭顔の女性ではない筈だ。大方、不十分な準備で潜入したアジア諸国の工作員が、咄嗟に知っている日本人の名を騙って いるのだろうが、不勉強だったな。

「あーもう面倒臭ぇっ!不審者なんざふん縛っちまえばいいじゃねぇか!」
「やめろハスギ!もしRPO関係者の話が本当なら、場合によっては面倒な事に・・・!」
「やっちゃえハスギ!拘束してから調べて、問題なければ解放すれば良いんだよ!」
「おいアマガネ、俺の意見への反論が未だだぞ!逃げるな!」

 横から後ろから、部下達が喧しく口を挟む。ハスギはベルトからぶら下げていたアクセサリーのチェーンを手に持って女性に迫 り、それをシヤマが制し、アマ ガネがハスギに同調し、それを最早この事態への対応よりも議論の方が主になっていそうなカイラが呼び戻す。騒々しいことこの 上ない。

「あー・・・、すまないが身分を証明できない以上、貴女を不審者として拘束せざるを得ない。ご理解いただけるだろうか。」

「いえ、あの、私は本当に関係者で・・・!」

 女性は今にも泣き出してしまいそうなほど追い詰められている。必死にバッグを漁って、終いにはひっくり返して中身を全て地 面にぶちまけてしまった。その中には、見慣れたRPO軍のIDカードも。…本当に関係者だったのか。

「あ、あったぁ〜!」

 パァッと破顔した女性は、それを拾い上げるとこちらに突き出した。

「あれ、考えてみたら、IDカードに書いてあるんだから機密もクソもないんだった!私は寺崎 利一(リイチ)。RPO協力組 織『C.E.L.L.』の代表で、ちゃんとした関係者です!」

 胸を張る"彼"に対し、吾は呆けた顔をするしかなかった。正に重要人物、ご本人様であったとは。
 より具体的には、そのIDカードの表記内容について大変、驚愕させられている。

 『 性別(Sex):男性(Male) 』

 お、男だと?この"なり"でか?

「一体、何の騒ぎだ?」

 その時、声がして庁舎の扉が開くと、茶色い獣人が出てきた。聞き覚えのあるその声に、吾は戦慄してそちらを向く。そこにい たのは、紛う事なき獅子獣人だ。更に言えば、吾の親族であった。

「あぁ、志道准将!助かりました〜!」
「あ、義兄上(あにうえ)・・・!」

 親しい友人を見つけたかのようにパァッと笑顔を見せるリイチ氏。
 方や吾はといえば、悪戯を親に見咎められた子供のように表情を凍らせている。

 拙い。これは・・・非常に拙い。


 N.C.24年 3/20日 AM 10:10
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』  艦橋 


「いやまったく、義弟(おとうと)が失礼をしてしまったね。まことに申し訳ない。」

 そう言って、艦橋の窓側に立つリイチ氏に頭を下げる豊かでよく手入れのされた美しい鬣を持つ獅子獣人:志道 天(シドウ  アマツ)は、吾の二番目の姉で 旧姓:尾根白 紅美(オネシロ アケミ)の夫であり、つまりは吾の義兄に当たる。世俗的な事に疎い・・・というよりも興味が ない吾の面倒を 見てくれる、昔から何かと頭の上がらない方だ。

 そんな義兄上(あにうえ)は軍でも実に優秀で、尾根白家の威光が多少はあるにせよ、
ア ルマフト国防軍の准将という、上級将校の席にいる。付け加えるならば、アルマフト全軍を象徴する未曾有の最新兵器、この 戦略要塞艦『リュウゾウ・オ ネシロ』の艦長席に座っている。

 なお、吾はその艦長席のすぐ横に、まるではじめての閲兵式で緊張する新兵のごとく、張り詰めた 直立不動を保っている。

 ・・・よりにもよって、アルマフト軍どころか環太平洋機構:RPOの全加盟国・・・否、全地球人類にとっての
重要人物と言っても良い相手に対して、威圧的な身分照会をやらかしたなど、今度のRPO総会から名指しで非難決議を出されても文句は言え んな。後日、外交省から嫌味の手紙が届きそうだ。

「大変な無礼を働き、まことに申し訳ございませんでした。」

 義兄上が頭を下げたので、吾もあわててそれに倣う。どうかここはひとつ、穏便に事を済ませていただきたい。

「いえ、あの場で当たり前の質問にちゃんと名乗れなかった私のせいですから。尾根白中佐に非はありません。」

 リイチ氏は少し困った風に眉尻を下げて丁度胸の前辺りで両手を振ってみせた。・・・所作まで女性のようだ。

「ただ、やはり階級がないというのは、尋ねられた時に不便ですね。でも私は軍人ではないし、前回相談させていただいた件、何か良い方法はありましたか?」

 そう言うリイチ氏の懸念は尤もだ。軍人でもないのに、軍艦に乗る。こういったことは少なくないが、リイチ氏の場合、そ の存在の特異性も含めれば最低でも『軍関係者』として扱われるのが適切だろう。

 というのも、吾が知る乏しい機密情報によれば、リイチ氏は厳密には"人間"ではないらしい。彼は、小惑星『ポム』の落 下時に地球へもたらされた地球外生命体『IFクリスタル』と人間との"共生型生命体"なのだそうだ。

 『ポム』落下後に発明された人型機動兵器『F2』や、この『リュウゾウ・オネシロ』を飛行させる『空間斥力場』の技術は、ほぼ彼とその家族を研究した成果 である。故に、彼は軍人ではないが軍にとっても極めて重要な協力者なのだ。

 そう。吾はリイチ氏について、人間とは聊か異なる生物であると聞いていたので、もっと異形な-つまり怪物のような-姿 を想像していたのも今回の失敗原因のひとつといえるだろう。

「うん。上とも相談したんだが、重要な民間協力者ということで不自由が無いよう、少し高めで少佐相当扱いの"特佐"ということになった。今、米日をはじめとした加盟各国の軍及び政府上層部にも水面下で話をしていて、次回のRPO総会で正式 に承認される。」

 義兄上が、胸を張って裏決定事項を通達する。
 少佐相当扱い・・・となると、中佐の吾は一階級下の上級士官を不審者扱いしたわけか。益々、身が固くなる。尤も、寺崎  リイチの名前は世界中の政府機関に知れ渡ってい るし、工作員がその名を騙るのは容易だ。まして、吾はかの人物を『男性』と聞いていた。どう見ても女性にしか見えない (言われてみれば女性にしては胸が無いかもしれん)不審者が、そんな重要人物だなどとは思いもよらない話である。

「少佐相当とは、未成年のこの身にはちょっと階級が仰々しい気もしますが・・・。でも、確かに活動はし易そうですね。 C.E.L.L.の代表として、RPOの格別のご配慮に感謝申し上げます。」

 今度は、リイチ氏の方が頭を下げた。尤も、謝罪を目的とした先程の吾らとは違い、彼のそれは感謝の意なのだが。

「いやなに。RPOにおける君の重要性を鑑みれば、これでも足りないくらいだ。何せ、現在の世界に対するRPOの優位 性、そのパワーバランスの源は君の存在によるものなのだから。」

 義兄上が、満足そうな笑顔でリイチ氏を称える。事実、その通りなのだ。リイチ氏を通じて、IFクリスタルと対話する事 が出来る吾等RPOは様々な先端技術の発明・開発によって、世界の『再建』を牽引しているのだから。

「それから、あんな事があった後に恐縮なんだが、実は君の身辺護衛を、ここにいる尾根白 路雄(ジオ)中佐率いる『
機動装甲特殊戦闘群』 が担当することとさせてもらいたい。アルマフト海兵隊直属の特殊部隊でね、実力は保証するよ。」

 む、吾がここに呼ばれた理由の二つ目か。一つは、この戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』の艦載部隊に参加することだ が、もう一つは寺崎氏の護衛か。これは重要な任務を仰せつかってしまったな。

「承知しました。尾根白中佐、よろしくお願い致します。あ、あと、先程いらっしゃった他の皆様にも。」

 そう言ってリイチ氏は微笑んだ。・・・やはり男には見えん。人間の顔の区別は確かに苦手だが、男女くらいはそれなりに区別がつくつもりだったのだが。・・・ヒトというのは難しいな。

「ところで、尾根白中佐。先程の失態の件についてなんだが・・・」

 義兄上がゆっくりと、こちらに顔を向けた。笑顔ではあるが、怒気はヒシヒシと感じる。嗚呼、今のリイチ氏の言葉で思い出してしまわれたらしい。

 ・・・さて、腹を括ろう。


 N.C.24年 3/20日 AM 10:28
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 中央テスト場付近 


「いやー、まいったまいった。まさか あのKUNOICHIがRPO軍協力組織の代表で、つい今しがた特佐にご就任とは。」

 全く悪びれる様子もなく、あっけらかんとしてハスギが皆に聞こえるように呟く。吾等は今、基地中央のテスト場 に設けられたヘリパッドで、やや間隔を開けて横一列になり、手に透明なビニール袋を持ち、地面に向かって目を凝 らしながら歩いている。

「ほんとだよねー。そうならそうと早く言ってくれれば良かったのに。」

 アマガネがそれに同調する。吾個人としては、同意者を得るとハスギが調子に乗り出すので控えて欲しいのだが。

「だから言っただろう。決め付けるのは早計だと。それとハスギ、あの方は男性で、クノイチじゃない。」

 地面に落ちていたゴミ・・・恐らく、ナットか何かであろう小さな金属製のそれを拾って、シヤマがハスギの誤り を訂正する。
 いや全く、人は見かけによらんな。今でも信じられん。アレが男とは。・・・だが待て、これは軍の機密を守る為 の高度な情報戦という可能性が・・・無いな。個人の性別を偽装して守れる重要機密?なんだそれは。

「お前ら、くっちゃべってないで手を動かせ。アルマフト海兵隊が誇る俺達『機動装甲特殊戦闘群』が、試験場の掃 除をやらされてるなんて、こんなとこ他の連中に見られたら良い笑いものだぞ。」

 カイラが怒気をこめて3人を窘める。

 掃除。
 そうこれは、F.O.D.ウォークダウン(
Foreign Object Damage) と呼ばれる作業だ。航空機等のエンジンが吸気システムに異物を吸い込んで、ファンブレード等を破損せぬように予め危険因子を排除する重要な任務。

 …端的に言うと『ゴミ拾い』だ。
 極めて重要な任務だが、何もこんな時に軍きっての特殊部隊がやるようなことではない。カイラの懸念も十分に理解できる。


「そんときゃ、"アレは新しい特殊訓練の一つだ"とでもいっときゃ良いんだよ。マジメだなぁカイラは。」

 アマガネが"これぞ名案"と言わんばかりに得意気な口調で言うと、「なるほど!流石アマチンは頭いいなぁ」な どと感心し出すハスギ。シヤマとカイラは呆れ果てた・・・というよりも疲れ果てた表情を見せた。うむ。わかるぞ、お前達のその心情。

「この試作機を移送する輸送ヘリが到着するまで、あと1時間も無い。早々に終わらせるぞ。総員、集中しろ。」

 佇む白いF2を一瞥し、取り敢えずそれだけ言って、皆を作業に集中させる。F.O.D.ウォークダウンは集中力が重要なのだ。どんな小さな異物も見逃さず、離着陸地点から取り 除く。もし見逃せば、ターボファンエンジンの強烈な吸気力で吸い込まれ、内部のファンブレードの羽やら何やらで 跳ね回り、内部を滅茶苦茶に破壊してしまう かもしれない。

 しかし・・・男、アレで男か。むぅ、実に衝撃的だ。いや、いかんいかん。集中だ集中。


 N.C.24年 3/20日 AM 10:37
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 第四格納庫前 


 いっけなーい!チコクチコクゥ!

 小さな手提げかばん一つをバタバタさせて、司令部庁舎から格納庫へと走る私はさながら、少女マンガの主人公だろうか?あ、 トースト咥えてないや。じゃあ曲がり角には期待できないな。

「ごっめーん!リキ、待ったー?」

 すっかり少女マンガ主人公のような悪ノリした少女演技で、格納庫の入り口から中に向かって、そこにいる筈の弟に呼びかけ る。おちゃらけてるけど、実は司令部庁舎のカードキーが見つからなかったおかげでスケジュールの順番がかーなーりー狂ってしまった。

 本当なら司令部庁舎でF2の受領書 類を回収して、格納庫でリキと 合流してから弟の紹介兼ねて志道准将とお話しする予定だったのに・・・。後でリキを連れて、もう一度挨拶に行かないと。

「あ、イチ兄!おっせーぞ!めーっちゃ待ったわい!」

 かなり待っただろうに、怒りなど感じさせない大げさな悪態をつく弟。

 いや、そんな事はどうでも良い。些事だ。捨て置け。

 そこにいた我が四兄妹三番目の弟は、身長が2m近く伸びていた。

 否、そうではない。物凄いガチムチに肩車されていた。
 そうね、さっき私が司令部庁舎前で絡まれた軍人のうち、尾根白中佐含む二名のイケガウ(イケてるガウガウ-肉食系獣人-)に体格が似てるかな。

 え、何これ?
 オトメロードを手提げ鞄バタつかせて走ってて、曲がり角を曲がったら弟が超ガチムチ野郎と合体してトーテムポールになっていた?何ルートよ?カオスかな?だがこの状況でのUFOエンディングは許されない。

 何処で分岐を間違えた?…しまった、そういうことか!咥えトーストこそが分岐条件…!『ゲームは正規ルートから攻略する』勢としては、これは重大インシデント。リセット案件だわ。

 閑 話 休 題 ( じ ゃ な く て ) 

「リキ、そちらの方は?」

 いつものように、ひたすら突っ走る暴走特急な己の思考を、ブレーキべた踏みで強引に押さえ込むと、私は努めて平静に振舞っ た。ええ、先ずは関係性を聞かないと。

「んー。大島 ガイホウさん。アルマフトの軍人候補なんだってー。」

 己を肩車する"ガイホウさん"を見下ろして、リキはおぼろげな感じで答えた。大島?アルマフトで大島つったらおめぇ、尾根白の血縁の大島さんかい?するってぇとおめぇは、アルマフトの名家一門のご子息に肩車させてんのかい?

「そう。で、なにがどうしてそうなったの?」

「色々あって仲良くなって、一緒に整備手伝うことになってこうなったー。」

 おう、その"色々あって"が聞きてぇんだよ。何がどうしたら、一緒に整備手伝う話から肩車に移行するってんだい?
 ああ、つまりは「くておハツチに手が届かなゐわ」「どうだ届くやうになつたろう」(大正船成金風)ってことかい?このリア充め!

「なるほど?さっぱりわからない。」

 どストレートに答えを返す。だって本当にわからないんだもの。リキが困った顔でこっちを見ている。おう、ちゃんと説明し ろっつってんだよ。

「いやぁ、ワンワンと吠えてたら、見えない魔法でペチンッと叩かれて、悪戯ワンコが大人しくなったんだよ。な、リキちゃ ん!」

 "ガイホウさん"が頭上のリキを見上げて、悪戯っぽく笑って答えた。が、当のリキが顔を真っ青にしているので、首を傾げ る。

「あー!それ言っちゃダメだってば!」

 大慌てで"ガイホウさん"の口を両手で塞ぐリキ。だがもう遅いのだ。全てが遅すぎた。私の耳はしっかりと、今の発言を捉え ている。

「・・・ほう。斥力場を使った・・・と?」

「ヒッ・・・!!」

 常日頃から、"力"を使うなと言ってるのにこの馬鹿は・・・!


 N.C.24年 3/20日 AM 11:00
日本国領海内 太平洋宮城県沖 


 静かだった東北地方の暗色の海面を突き破り、天高く舞い上がる四条の
白煙。



 海中から放たれた4発の巡航ミサイルは、一旦安全な飛翔態勢をとる為に高度を稼いでから、安定した水平飛行に入ると素早く 海面近くまで降下した。

 ブースターを切り離して安定した巡航態勢に切り替わってからは、対空レーダーによる探知を避ける為に波打つ海面スレスレを 飛んでいく。

 これらのミサイルは遥か上空、地球の軌道上に浮かぶ衛星からの測位誘導を受けている。目指す先は―――


 N.C.24年 3/20日 AM 11:01
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 中央テスト場付近 


 さて、こんなものだろうか。
 何せ5人しかいない吾らでヘリパッドをローラー式に掃除するわけなので、時間をかけてしっかり何往復も繰り返して 掃除をした。これならば、流石に事故は起きないと思うが・・・。

「なぁ、さっきから何か聞こえないか?」

 シヤマが、ピンと立てた耳を格納庫の方へ向けて呟くように尋ねると、吾以外の皆が首を傾げる。

「いんや?」
「俺、犬だからシヤマほど耳良くないよ。」
「牛の俺に訊かれても困る。」

「…そか。あの、隊長…?」

 耳の良いネコ科獣人にありがちな、「自分には聞こえるが周りの同意や共感を得られない」孤立現象だな。吾も学生時代、ささやかな疎外感を味わったもの だ。そんなシヤマは、助けを求めるようにこちらを見ている。同じネコ科の吾ならば聞こえているであろうという考えからだろう。ああ、勿論聞こえていると も。

「そうだな。リイチ氏が第四格納庫に入ってからずっと、破裂音というか、竹刀でも打ち合っているような音が内部からしているな。」

 吾が同意すると、シヤマは満足したように強張っていた表情を緩めて、代わりに少し誇らしげに胸を張った。彼はその 難しそうな見た目・所作と違って、案外素直な男だ。

 吾が同意したことで、場の雰囲気は一気に形勢逆転したらしい。犬獣人のハスギとアマガネは、イヌ科とて耳は良いぞと言わんばかりに二人揃って両耳を欹 (そばだ)てはじめ、片や牛獣人のカイラは興味無さ気にそんな二人からゴミ袋を回収し、ひとつにまとめている。

 ・・・今日も今日とて、平和な特殊部隊の面々だな。

「しかし隊長、俺達こんな事してていいんですか?すぐ北の北海道では、ARUが上陸して戦闘になってるってのに。」

 どうやら、手元の作業を終えた
カイラはふと、吾と同じ疑問を浮かべたらしい。。

 というのも、実は2日前の3/18深夜、樺太(サハリン)島南方で大規模上陸演習の為と称して集結中だったARU盟主 『ルーシ連邦国』の太平洋艦隊が突如南下。日本国北海道網走東部の海岸に着上陸し、網走市とその南方にある女満別空港を制圧した のだ。

 現在は、
矢臼別演習場にて合同演習を行っていた日本国防軍(日防軍)北部方面隊及び、改編されたばかりのアルマフト軍統合遠征部隊(AJEU)が共同で対応に当たっている。そんな時に、吾等が後方でこんな仕事 に呆けていることが、生真面目なカイラは納得できないでいるのだろう。確かに、筋が通らん話ではあるな。
 
「吾等
は、軍の通常編成に含まれていない。司令部直属のいわば"懐刀"だ。そんな吾等を、"そら戦いだぞ"と気軽に戦線へ投入するわけにもいかんのだろう。」

 そう、吾等5人で構成される特殊部隊
機動装甲特殊 戦闘群』-通称:零群-は、他の通常の部隊と違い従来の師団や旅団等といった編 成に含まれず、その指揮権は海兵隊司令部の直轄となっている。吾等の戦場は、常に司令部が頭を悩ませるような戦場の"要"であった。

「なるほど。では、戦線に問題が生じた場合は、俺達の出番というわけですか。」

 口ではそういものの、カイラはまだ納得し切れてはいないようだ。不満気に吾から目を逸らして海の 方を向いた。すると今度は興味深いものを見つけたように目を見開いて、太い指でその視線の先を指す。

「ん?隊長…アレ、対空ミサイルが動いてます。」

「む?」



 てっきり、カイラが話を逸らそうとしたものと思った吾は付き合うつもりでその指差す先を見ると、確かに基地防空部隊の1式短距離地対空ミサイルが発射台を海に向けて、対空ミサイルが装填された発射筒 の蓋を開いている。

「何事だ・・・?」

 演習や訓練の話は特に聞いていない。義兄上ならば、そんな予定があればそう教えてくれていた筈 だ。―と。

「ウオォォォッ?」
「ヒエェェェッ?」

 突如、静かだった基地に轟く警報音が、丁度耳を澄ましていたイヌ科の二人を襲ったようだ。ハスギ とアマガネは悲鳴を上げ、大慌てで耳を塞ぎ聴覚を劈いた爆音に悶えている。

「サイレンとは、一体なんでしょう?」
「わからん。だが気を張っておいた方が良さそうだ。」

  そんな二人とは対照的に、聴覚は彼等よりも倍以上優れるが、特に音には神経を集中していなかったネコ科の吾とシヤマは、警報音など全く意に介さず海の方を 警戒している。すると、吾等の視線の先で海に睨みを利か せていた対空ミサイル車が、ついに4発のミサイルを一斉発射した。

「というかこの基地、いまかなり拙い状況ですよ。『リュウゾウ・オネシロ』といい新型F2といい、 寺崎氏までいる・・・。」

 対空ミサイルの発射を見届けたカイラがハッとして、乾ドッグに入渠している『リュウゾウ・オネシ ロ』と、吾等のすぐ横に鎮座している新型F2:TF-1Jと、リイチ氏がいるであろう格納庫の方を 順番に見て、呆然と呟く。


 N.C.24年 3/20日 AM 11:03
日本国 宮城県仙台市 RPO海軍仙台基地 戦略要塞艦『リュウゾウ・オネシロ』 艦橋 

「基地司令部より、ミサイル攻撃を受けているとの連絡です。」

 広い艦橋の中央、艦長席から見て右手窓際に座る通信士が、緊張を隠せない強張った声でそう報告する。

「艦長、停泊中では甲板および地上の人員退避が完了しない限り、レーダーが使えません。自立行動型のCIWSは友軍や基地施 設誤射の可能性が・・・。」

 砲雷担当のオペレーターが、頭上の真っ黒に沈黙したレーダースクリーンを見上げて、それからすぐ目の前のコンソールを 操作−恐らくCIWS等の管制システムを確認か−して、首を横に振った。

「落ち着け。レーダーもCIWSも起動するな。敵の攻撃を一旦やり過ごすんだ。斥力場防壁は?」

 私は一先ず、俄かに浮き足立つ艦橋のスタッフ達に、集中すべき仕事−と言っても見守るだけだが−を与えて、混乱を押さえ込むことにした。

「主機、トリチウム充填完了。基地給電回路をリアクター室へ接続。クリスタル通電、斥力棺形成開始・・・ダメです、融合炉の起動、間に合いません。防壁展開不能っ。」

 機関士が、我々にはこの苦境を乗り越える手段がないことを報告してくれる。

 さて困ったな、どうしたものか。

「わかった。総員、状況を注視しつつ、現行の作業を続行せよ。」

 暢気に見えるかい?そりゃそうさ。出来る事がないのに焦っても仕方ないだろう?

 敵の一手目は、こちらの防げない所を狙ってくる。これは当たり前のことだから、私は相手の二手目を読んで対処すること に専念しよう。


 N.C.24年 3/20日 AM 11:05
日本国領海内 太平洋宮城県沖 




 巡航ミサイルの発射を完了し、海面の安定まで確認したところで、ARUルーシ海軍所属戦略原子力潜水艦KS-677『クリコヴォ』は、次の一手を放った。



 それは元々、弾道ミサイルを発射する区画を改造して設けられた特殊戦略投射システム発射機であり、弾道ミサイルを改造して作られたF2戦域投入ポッドを打ち上げるものであった。

 本来、8発の戦略弾道ミサイルを発射する筈の『クリコヴォ』の背面は、今や8機のルーシ海軍歩兵空挺隊所属F2を戦域投 入するものとして利用されている。そしてそれは、現在のRPO海軍仙台基地にとっては重要な問題となるだろう。




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